全国の通信記事
2015年10月12日号
長野 諏訪市高國寺で落慶式
【長野】10月12日、諏訪市高國寺(白木智康住職)において落慶式が行われ、およそ100年の間本堂を守ってきた鬼瓦がその役目を終えた。
平成33年の日蓮大聖人御降誕800年と平成36年の高國寺開山400年を迎えるに当たってこの度の改修工事を行い、3月から始まった境内の修復工事はこの度の御会式に併せて無事に終了した。
落慶式には大導師に東京都蓮華寺住職・橘高智光上人を迎え、脇導師に長野県伊那市深妙寺住職・重盛快典上人と伊那市遠照寺住職・長野県宗務所長松井教一上人を招き、寺族、来賓寺院、檀信徒あわせて170人余りが参列するなかで法要が行われた。
完成したばかりの本堂は瓦屋根から銅葺きに変わり、外壁などにも手入れをしたこともあって趣きを残しつつも美しい仕上がりとなっていた。当初の予定では本堂だけの改修であったが、当山にある仁王門の痛みも激しかった為に併せて改修する運びとなった。
2015年10月7日号
長野 安曇野市妙現寺が身延山・七面山参拝
【長野】安曇野市妙現寺(保坂玄久住職)の身延山・七面山参拝が10月7日8日と1泊2日の行程で行われた。僧侶檀信徒合わせて21人が参加し、そのうち健脚な7人が七面山へ登詣した。
登詣した人の最高齢は70歳を越えていたが、御題目を唱えながら無事に全員が登詣することができ、敬慎院でお参りした後に奥之院にて宿泊した。翌日には唱題と共に昇る御来光に皆が合掌をしていた。
身延山に残った人の中には以前に七面山登詣を行っていた方もいて、この度の参拝では久遠寺だけでなく願満堂や丈六堂なども訪れていたいた。
各々が登詣や参拝を終え、全員が久遠寺大本堂に集まって御開帳をしたのちに菩提寺である妙現寺へと帰路についた。自坊に帰ってきた一行は本堂において団体参拝の無事に感謝をしていた。
2015年8月22日号
長野 高遠町遠照寺修養会50年で三義音頭が約30年ぶりに復活
【長野】8月22日、長野県高遠町遠照寺(松井教一住職)の修養会50年式典で、ふるさとの歌三義音頭が約30年ぶりに復活披露され、半世紀の節目を迎えた宿泊学習に花を添えた。
修養会は、先代松井寛光住職が育成会長を務めていた1965年、小学生の情操教育として、育成会と三義子供会が共催で始めた。家庭から離れて一泊二日、お寺での規則正しい集団生活を通じて、両手を合わせて感謝する心・生かされて生きているいのちの尊さを学び育んできた。
三義音頭は戦後間もない48年に作られ、地元の運動会や盆踊りで歌われてきたが80年代に歌われなくなった。今年になって伊沢修二記念音楽祭に出演する高遠北小学校の5年生が「地域の歌を合唱したい」と調べ学習に同寺を訪れたことから、復活の話しが始まった。
住職から依頼を受けた音楽教師原葉子先生が、当時の譜面を見つけ数回に亘る練習を重ねてきた。
式典では「仕事すませて踊ろじゃないか みんな輪になれ釈迦堂の庭はー」と、子供たちが太鼓や楽器演奏を交えて合唱。豊かな自然の四季の移ろい、のどかな暮らしを題材にした4番までを、来賓の方たちの前で堂々と歌い上げた。
三義音頭を調べた5年生の半澤祈抱君は「忘れられそうになった三義音頭を地域の人みんなで歌えたら」盛生歩君は「まだ歌詞が全部頭に入っていないけれど、音楽祭ではもっと大きな声で歌いたい」とそれぞれ抱負を話した。
三義音頭は10月の音楽祭と、11月の三義文化祭でも披露され、来年の盆踊りを目標に、踊りの復活を目指していく。



















