全国の通信記事
2022年5月29日号
京都1 ウクライナ慰霊追悼法要
【京都1】5月29日(日)京都市伏見区元政庵瑞光寺(川口智康住職)にて、ウクライナ支援ウクライナ慰霊追悼法要が多くの檀信徒が参列し厳修された。
法要の始まりにはロシアによるウクライナ侵攻によって亡くなられた多くの方々に対し黙祷が捧げられた。その後雅楽によるウクライナ・日本両国の国家演奏が本堂に荘厳に流れた。勧請・回向においては日英両語でなされ、まず日本語で住職がされた後、英語で川口智德副住職が続いて行った。参列者には前もって英語で書かれた勧請文・回向文が配布されていたので、皆目を追って読んでおられた。
最後に川口住職は、「回向させて頂いた時にニュースで見ているウクライナの方々の姿を思い出すと本当に胸がいっぱいになります。私どもが何が出来るのかと思って、そして今日の法要によって人が心安らかになって頂ければ、仏様の仏教の立場で仏様のお経を聞いて頂いて仏様のところへ行って頂ければ本当にうれしいと思います。早く戦争が終わるようにウクライナの方々にお題目を捧げたいと思います。」と述べられた。今日の法要で檀信徒から寄せられた塔婆は京都市を通じてウクライナへ全額寄附された。
三重・日市市本覚寺に第9世・佐々木妙綾法尼 入寺式
【三重】三重県四日市市本覚寺(佐々木妙綾法尼 新住職)の第9世法燈継承式が5月29日におこなわれ、コロナ禍収まらぬ中にもかかわらず、熱心な檀信徒ら約60人が参加。現代風な造りの本堂に、新住職・檀信徒が一丸となって唱える法華経の声が響き渡った。
当日、6月の気候にしては暑く、汗にじむような晴天となり、厳しく指す日差しが本堂ビル外壁に掲げられた『日蓮宗 本覚寺』の字を鮮やかに照らしていた。
本覚寺は、明治11年4月に四日市の新たな仮説教所を創立したことにはじまる。昭和20年には戦火で堂宇が消失したが、時の住職・檀信徒らの熱心な努力により再建。近年、平成27年には現代のビル風な造りの新本堂に改修。四日市市の幹線道路・国道1号線沿いに建つこの本覚寺は、常に檀信徒の熱意に応える形で再生を繰り返してきた。
今回、こうして行われた法燈継承式だが、当初の予定では約10年前に行われる予定だったという。
新住職の師父、本覚寺第7世 伊藤立教上人との話では、妙綾上人がまだ若い内に住職交代をする予定だった。しかし、平成22年7月に立教上人が四大不調で御遷化。そのとき、妙綾上人は結婚間もなく、しかも第一子が誕生したばかり。御遷化された師父の元に足を運ぶこともままならない体調であった。急遽、妙綾上人の母、伊藤崇山法尼が本覚寺第8世の法燈を継承。そして本年、約12年を経て寺族・檀信徒が待ちわびていた今回の法燈継承式と相成った。
法燈継承式ならびに第7世伊藤立教上人第13回忌法要が共に営まれ、法要後の挨拶にあたり妙綾上人は、「(12年前、師父が遷化されたことで)急に『柱』を失い、何においても『お寺を支えていかなくちゃ!』というその一心で駆け抜けた12年であったこと。そしてそんな中、(師父遷化後も、以前と)態度変えることなく接してくれた檀信徒の皆様への感謝。折々に、浅学の自身にご指導くださったお上人方への感謝を述べられた。そして、寿量品の『良医治子の喩』を目にするたび、自身の師父の死が重なって感じられた胸中を語られ、「本年で(本覚寺が建って)144年。未来の本覚寺がこれからも建ち続けるには檀信徒の皆様が不可欠です。まだまだ至らぬ住職ではありますが、努力してまいります。小さい頃のワタシをご存知の檀信徒の皆様には不安を感じるかと思いますが、これからも本覚寺が200年も300年も続くようよろしくお願いいたします」と、新住職としての感謝を述べられた。
広島 広島市本覚寺で法灯継承式
【広島】広島市本覚寺で五月二十九日、境内整備事業落慶と第三十三世渡部康國師から第三十四世渡部公友師への法灯継承式が営まれ、僧侶檀信徒約七十人が参列した。
康國師は昭和六十年に入寺以来、本堂・会館の新築など寺観を一新して寺門興隆・檀信徒教化に努め、宗門では広島県宗務所長・宗会議員などに就任した。更に今年になって広島刑務所教誨師としての長年の活動により藍綬褒章を受章した。
公友師は平成八年から師父である康國師の下で、副住職として様々な活動を続けてきた。令和元年十一月に住職に就任し、日蓮聖人ご降誕八百年慶讃事業として境内整備を行うなど、持続可能な寺院運営を模索している。
晴れて新住職として挨拶した公友師は「本覚寺創建以来四百三十二年の歴史をしっかりと受け継ぎ、次世代にバトンタッチ出来るよう、今後の人生も寺檀和融・令法久住に邁進します」と誓っていた。