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2026年2月28日号
三重 鷲阪仁昭師帰山奉告式
【三重】2月28日。三重県名張市の神通寺(鷲阪仁昭住職)において、鷲阪仁昭住職の大荒行堂第五行成満帰山奉告式がとりおこなわれた。
前日の夜は雨が降り、翌日の天候も心配されたが、当日の朝にはすっかり雨もやみ、雲のすきまからは青空が顔をのぞかせていた。
午前9時30分、鷲阪住職と8名の成満僧が名張駅に集合し、会場である神通寺へ向け行列が出発。
成満旗を持ち先導をつとめたのは鷲阪住職のご子息、鷲阪行昭くん(14)と行孝くん(13)。
9年前、前回の二二行(四行)成満の帰山式での行列では当時5歳と3歳だったこともあり行列についていくのも、団扇太鼓を叩くのも精一杯であったが、今回は兄弟2人がしっかりと父と成満僧・檀信徒を先導。
100日間、父 鷲阪住職がいない中でも責任感を持ち寺族と共にお寺を守ってきた。成長した姿を父にみせ、約20分の時間をかけて約130名が待つ神通寺に無事到着した。
本堂内での法味言上の後、大荒行堂内の水行前の掛け声を開始の合図とし、境内にて水行披露がとりおこなわれた。生で見る行僧9名による迫力のある水行には集まった檀信徒らは息をのみ、ここでは行昭くんと行孝くんは鷲阪住職を父としてではなく500日を完遂した行僧の姿として水行を見ていたようだった。
午前11時、報恩堂内にて帰山奉告式の法要が開式。
開式に先立って、日蓮宗傳師相承会会長 藤浩一僧正(愛知県名古屋市浄蓮寺)による許証と允許証が伝達された。
行僧歓迎和讃の後に読経、御宝前と檀信徒に向けて修法が行われ、集まった檀信徒は成満僧の御祈祷をありがたく頂戴した。
帰山奉告文では23歳の初行から二二行までを振り返り、令和の時代になって五行を志した矢先にコロナ禍となったが、今回、初行より28年の月日を経て五行を成満したことは感無量にして感激である。帰山式を迎えられたのは有縁の方々、檀信徒、寺族のお陰で、これに報いるために妙法広布、広宣流布の大願を誓う。と述べられた。
祈念回向の後、三重県宗務所所長 加藤英明僧正(三重県桑名市円妙寺住職)から傳師相承認証書、三重県修法師会会長 髙鍋鳳憲僧正(三重県伊賀市立正寺住職)からは感賞状と祝辞が述べられた。
法要後の謝辞にあたり鷲阪住職は同行の成満僧をねぎらい、檀信徒に向けては、自身が五行を志したのはお寺のことをおもい、祈祷寺である神通寺をどのようにしていくか考えたときに日蓮宗には大荒行堂という素晴らしい修行場があり、五行までいき檀信徒の力になりたいと思ったからと語り、以前先輩より二二行までは自分の行で五行は報恩行と聞いたことがある、これから恩返しとして祈祷弘通の者となりお題目を弘めて妙法広布の人間であらなければならない。と強く誓い、集まった方々に重ねて御礼を述べられた。
京都1 本法寺で大国祷会
【京都1】2月28日、京都市上京区の本山本法寺(瀬川日照貫首)において、日蓮宗京都府第一部宗務所・日蓮宗京都府第一部修法師会の主催、日蓮宗京都府第一部檀信徒協議会・日蓮宗京都府第一部寺庭婦人会・京都日蓮宗青年会の後援のもと、大国祷会が厳修された。
大国祷会は、世界平和と国家安泰を祈念する日蓮宗の重要な法要である。当日はまだ寒さの残る一日であったが、多くの檀信徒や参拝者が来山し、堂内は祈りの熱気に包まれた。
正午からは「こども祈祷」が行われ、子どもたちの発育成就や通学安全、無病息災が祈願された。参加した子どもたちは数珠を手に、少し緊張しながらも丁寧に合掌し、真剣な表情で御祈祷を受けた。御守りとお菓子を受け取ると笑顔がこぼれ、堂内は和やかな雰囲気に包まれた。
続いて、加行所を成満した修行僧4名による水行が奉修された。冷水を浴びながら力強くお題目を唱える姿は参拝者の胸を打ち、厳粛な空気が境内を引き締めた。
本堂では、管内寺庭婦人会による和讃の奉納も行われ、澄んだ歌声が堂内に響き渡った。やがて瀬川日照貫首を導師に、京都の修法師10名と行僧3名が出仕し、大国祷会の法要が厳修された。太鼓の音とともに唱えられる力強いお題目が堂内にこだまし、約70名の参拝者も一心に合掌。世界平和と国家安泰、そして各家庭の安穏を願う祈りが重なり合い、堂内は荘厳な法味に満ちた。
また、境内にはキッチンカーが出店し、温かいうどんや蕎麦、たこ焼きなどが振る舞われた。参拝を終えた人々は湯気の立つ食事を囲みながら談笑し、境内は終日にぎわいを見せた。祈りの厳かさとともに、地域の絆を深める温かな交流の場ともなり、笑顔あふれる一日となった。
2026年2月26日号
山梨3 聲明師会の教学研修会
【山梨3】2月26日、山梨県第三部聲明師会(村上通明会長)主催の教学研修会が南アルプス市の魚覚を会場に行われた。当日は、僧俗合わせて70名程が参加した。
今回は大曼荼羅とは何か「宗祖日蓮大聖人 大曼荼羅の世界~身延期の本尊を中心に~」と題して講演が行われた。講師として、身延山大学教授の桑名法晃氏が招かれ、日蓮聖人が身延山で過ごされた9カ年のうちに記された曼荼羅本尊について、解説がなされた。
入山後を文永期、建治期、弘安期に区分し、どのような状況で、どんな曼荼羅が記されたのか、その背景が丁寧に考察された。精神的にも肉体的にも厳しい状況の中で、身延山での生活を送る日蓮聖人の姿を想像しながら、参加者はそれぞれに、曼荼羅を通して思いを馳せた。桑名氏は講演の中で、「私たちは日蓮聖人を通じて、釈尊の曼荼羅世界に参入し、その御心に触れることになる。一人ひとりが法華経の行者として、そして、それを支える檀越として、お題目を受持することが大切です」と述べた。
会場には村上会長が復元に尽力した「塵尾(しゅび)」(聖徳太子が使用したとされる法具)が、参加者の目に触れることができるように持ち込まれた。村上会長は最後の挨で、「講演を通して、自己の研鑽に努めることができたと思います。今日は聖徳太子様も見守っていてくれていたことでしょう。これからも学び続け、ご精進ください」と会を締めくくった。



















