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2025年7月7日号
秋田 土崎空襲戦後80年慰霊
【秋田】日蓮宗秋田県伝道会(藤倉信行会長)主催による、土崎空襲戦後80年慰霊と平和への祈りが7月7日に秋田市本住寺(山口顯辰住職)にて行なわれ、県内の僧侶・檀信徒約20名が参加した。
土崎地区は当時日本石油秋田製油所があったため、昭和20年8月14日夜間から15日未明にかけて空襲が行われ、犠牲者250名以上、負傷者およそ200名と秋田県で唯一の大規模空襲となっている。
本住寺では空襲時の不発弾の弾頭を、戦争の悲惨さや平和への思いを忘れないようにとの思いから金丸として使っている。
山口顕吾副住職は法要の前に、「土崎空襲や戦争で亡くなった方々のため、平和が訪れるように祈りを込めて金丸を叩いてほしい」とあいさつし、藤倉会長導師のもと法要が行われた。
法要中、参列者は焼香後に金丸を鳴らし手を合わせ祈りを捧げた。また当日は七夕ということもあり、県内僧侶ならびに檀信徒より平和への祈りが込められた短冊が飾り付けられた笹が堂内に置かれた。
藤倉会長は「土崎空襲の凄惨さを知り、犠牲者への慰霊を行い後世に伝えることで、改めて平和への思いにもつながる」と述べ、参列した土崎港被爆市民会議の伊藤紀久夫会長は「土崎空襲がいろんな形で引き継がれていると感じた。戦没者の一番の供養は、戦争のない日本をつくることだ」と語った。
2025年6月28日号
秋田 立正平和運動終戦80年慰霊団参
【秋田】日蓮宗秋田県宗務所(藤嶋寛康所長)主催による、立正平和運動終戦80年慰霊団参が6月28日から2泊3日の日程で行なわれ、県内の僧侶・檀信徒16名が参加した。
本年は終戦80年の節目にあたり、原子力爆弾か投下された広島県へ秋田県として初めて団参を行った。
初日は、戦時中鎮守府がおかれ海軍施設や造船場があった呉市に訪れ、大和ミュージアムサテライト館や入船山記念館などの遺構を見学し、また呉軍港空襲の話を聞き往時を偲んだ。
2日目は広島市平和公園に訪れ、原爆死没者慰霊碑の前で藤嶋所長導師のもと献花ならびに読経を行い、戦没者の慰霊法要を行った。その後平和記念資料館にて原爆被害の実情を学んだ。
3日目は厳島神社に参拝し、全員無事帰路に就いた。
今回参加した檀信徒は「現地に来て被害に遭われた方々の写真や話を聞き、慰霊碑の前で拝むことが出来て良かった。」と語り、ほかの参加者は「あまりに凄惨なので見るのが辛かったが、亡くなった方々のためにも平和な世の中にしていかなければ」と、慰霊の心と平和への思いを新たにした。
2025年6月23日号
福島 檀信徒協議会定期総会
【福島】6月23日、白河市の妙関寺にて福島県檀信徒協議会定期総会が行われ、檀信徒と僧侶合わせ約30人が出席した。午前中の協議員たちによる会議では、昨年度の事業・決算報告や今年度の事業計策・予算案などについて話し合われた。
その後の研修は「一から始める唱題行」と題し、檀信徒と管内教師たち皆で唱題行に励んだ。導師は会津坂下町妙運寺の奥野煌永師。始める前に「お題目の意味」や「唱題行の大切さ」のお話があった。数珠の持ち方や姿勢などの基本的な作法が伝えられると、さっそく実践。浄心行・深信行(唱題前の準備の行)を含め約30分間にわたった。今回は慣れていない檀信徒も取り組みやすいよう椅子席で行われたが、参加者からは「とても長く感じた」と、はじめての行に苦労する声が聞こえた。一方で「もっと長くやってみたい」「次は正座で挑戦したい」など、意欲的な声も挙がった。
午後は「南湖公園」を巡り、その白河の歴史に対する理解を深めた。市民の憩いの場であるこの公園は、大河ドラマ「べらぼう」にも登場し、寛政の改革で知られる白河藩主・松平定信が築造した庭園である。当時の庭園に庶民が入ることは許されていなかったが、身分に関係なく共に楽しもうという「士民共楽」という理念の元、この南湖には誰もが出入りすることができたという。園内には南湖神社、茶室、カフェなどが立ち並んでおり、その季節の景色を眺めながら楽しめるそうだ。檀信徒と僧侶の垣根を越え、共に唱題行に励み、共に学ぶ。まさに「共楽」な1日となった。



















