全国の通信記事
2014年11月15日号
五三育成祈祷で神妙な顔つきで参加
【滋賀県】領善寺の子供会は、11月15日、午前11時より七五三育成祈祷厳修した。午後1時より焼き芋・手作りうどんを作った。育成祈祷には子供達40名が御祈祷を神妙な面持ちで受けた。一転し、お昼からのうどん作りは、完成出来るか心配であったが、小麦粉が飛び散る白煙の中、子供達の笑顔は、耐えること無く皆の協力のお陰で完成した。顔に白い粉をつけながら美味しそうに、うどんと焼き芋を頬張っていた。
千葉西・東光院で入寺式
【千葉西】平成26年11月15日(土)午前11時より東光院(豊田昌樹代務住職)にて金森晃紹師の第60世入寺式が行われ、檀信徒50名が参列した。金森上人は東京都台東区谷中の生まれで、平成19年より茂原市早野・円頓寺へ入寺し、宗務所の参事を勤めている。東光院は本山藻原寺の山内にあり、四院家として本山を支えた歴史と由緒ある寺院である。院家とは、本山の貫首が万一の時に実務を代行する寺院の事で、本末解体されるまで、藻原寺の末寺である妙楽寺・妙源寺・實相寺と東光院を併せて四院家と呼ばれていた。平成24年に金森上人の師匠である豊田貫修上人(東光院58世)遷化の後、豊田昌樹上人(東京北部 大圓寺住職)が代務住職を勤め、旧本堂の解体や檀信徒駐車場の整地など境内整備を進めてきた。豊田上人が遠方ということもあり、東光院は金森上人と檀信徒が交代で山務してきた。法要中に檀信徒から花束の贈呈が行われ豊田上人を労った。豊田上人は法要後の挨拶でその事に触れ、「短い間だったが安心して留守を任せられた。これからも檀信徒の皆様で若い新住職を見守って頂きたい」と語り、続いて金森新住職も「これからも信頼される寺院を目指して行きたい」と抱負を語った。
京都妙源寺・藤崎一明上人 葬儀
【京都二】 京都府丹後半島の先端にあたる京丹後市丹後町平の高台にある興栄山妙源寺住職藤崎一明師が平成二十六年十一月十五日の夜、九十二歳にて遷化された。
十八日午後六時通夜式・十九日正后本葬儀執り行われた。
通夜式に於いては皆が悲しみに暮れる中、京都二部副所長 京丹後市峰山町 妙経寺住職高野寛義師導師のもと会式 皆と共に法華経を読誦・御題目を唱え、藤崎一明師との別れを惜しんだ。
本葬儀に於いては、伝道局長 岡山市 妙林寺住職小埜栄裕師導師 京都二部宗務所長 京丹後市久美浜町 妙音寺住職 宮武一龍師副導師 副所長 高野寛義師副導師のもと会式。
歎徳文では行妙院日諒上人 昭和三十八年一月十四日住職認証以来九十二で遷化されるまでの功績を称えられた。
昭和五十年5月二日 京都二部宗務所社会教化協議会長就任
昭和五十四年五月二日 京都二部宗務所長に就任
昭和五十五年四月二十五日 日蓮宗新聞支局長に委嘱される
昭和六十年七月五日 常任布教師に任命される
平成六年度第二期信行道場訓育主任拝命
平成九年十二月六日 日蓮宗宗会議員(第二十五区選出)
平成十二年四月二日 日蓮宗人権対策室(内局)に就任
平成十三年十二月六日 日蓮宗宗会議員(再選)
平成十五一月三十日 岩間内局 伝道局長就任
数々の功績と共に多くのお上人と故意にされた。
通夜式・本葬儀共に多くのお上人が弔問に訪れた。
その様子は行妙院日諒上人の人脈広さを伺えた。



















