全国の通信記事
2015年9月2日号
長崎・護法大会~伝えることは学ぶこと~ 普賢会で修養道場
【長崎】 長崎県宗務所(渡部智文 宗務所長)は、九月二日、平成二十七年度長崎県護法大会を島原市文化会館に於いて開催し、檀信徒・僧侶、約千二百名が参加し、盛大に行われた。
今年は終戦七十年・原爆投下七十年の節目の年である。
開会に先立ち、長崎県檀信徒青年会副会長である石川 景士氏(南島原市妙法寺 檀徒)が、開会宣言。
第一部では、終戦七十年にまつわるプロモーションビデオを自作・上映。その流れから、渡部宗務所長を御導師に県内修法師会・青年会会員協力のもと、終戦七十年・原爆投下七十年慰霊法要を盛大かつ荘厳に執り行った。
法要中、県内寺庭婦人・参加された檀信徒により、夏休みの仏教修養道場の際、戦争で亡くなられた御霊に対し、様々な思いで作成した灯籠を、平日開催の為参加できなかった子供たちの代わりに、献灯。県檀信徒青年会会長・金子宗弘氏(島原市光伝寺 檀徒)による平和宣言を発表した。
第二部では、メディアなどで多方面において活躍されている、三木大雲(京都市蓮久寺 住職)上人による「存在証明」と題して、記念講話。
ご自身の持ち前の明るさと話術・体験談を通して「なぜ自分がここに存在しているのか」の意味を私たちが普段お読みしているお自我偈を通して、わかりやすく解説していただいた。
そして、第三部の清興では、国内はもとより、時には世界を舞台として演奏活動を行っているプロの和太鼓集団「瑞宝太鼓」の演奏を行い、迫力ある生での太鼓の音色と一打一打に込められた様々な思いを参加者全員が肌で感じ、感動の幕切れとなった。
そして、護法大会に先立ち、七月二十九~三十一日、長崎県島原地区寺院の青年僧で結成する「普賢会
」(会長 吉田恵徳)は第三十七回夏季仏教修養道場を島原市 光伝寺と南島原市 妙法寺を会場に開催し、小学一年生~中学三年生の三十五名が参加した。
夏休みだからこそ、少しでも宗教教育と修養を根本として、普段の生活から離れた非日常的な活動を増やした内容で毎年実施している。
今の世情をみてみると、犯罪の低年齢化・様々な自然災害・安保問題・原発問題などと沢山の諸問題を抱えていることがわかる。しかし、様々な問題を抱えているも、私たちの関心が薄いのが現実でもある。
そこで今年は、どのように伝えていけばいいのか、それをテーマのひとつにして、今回は子供たちに自分の肌で、様々な事に子供たちや私たち大人が少しでも関心を持ってもらえるように一日目は、今年が長崎原爆投下七十年・終戦七十年の節目の年ということもあり、慰霊法要や護法大会で使用する二千個の灯篭の一部を作成。光伝寺の御宝前に奉納し、世界平和と国土安穏の祈念法要を行った。
二日目は夏休みの前半ということもあり、妙法寺の檀家でもある松島工務店さんの協力を得て研究課題や工作等の作成をはじめ、非日常な体験を経験した。
自分の肌で直に感じた分、子どもだけではなく、スタッフも何かを得たようであった。
子供は本当に素直である。このような子供たちと一緒にこれから先、私たち大人は何をどう伝えていかないといけないのか。
常識や考え方の大事な基準である宗教教育を学び・伝えることが、私たち大人 特に宗教者の役割であり、伝えることによって、大人も子供も得がたい体験の中で少しでも学んでくれるのであれば、意義ある充実した夏の行事であった。
2015年8月8日号
長崎原爆被爆70年慰霊大法要~光の祈り~
【長崎】NHKが今年行った世論調査で長崎に原爆が落とされた日付について聞いたところ正しく答えられた人は長崎で59%、全国で26%という結果が発表され、専門家は原爆について意識を高めていく必要があると指摘している。
8月8日、長崎県日蓮宗青年会主催の『長崎原爆被爆70年慰霊大法要~光の祈り~』が長崎市筑後町本蓮寺(山田浩文住職)にて執り行われた。
法要に先立ち、全国日蓮宗青年会はじめ熊本県日蓮宗青年会、佐賀県日蓮宗青年会、また長崎県内の壇信徒等、総勢50名の参加で浦上地区から平和公園を経て、慰霊法要の会場である本蓮寺まで炎天下の中約2時間半、唱題行脚を行った。
午後7時、本蓮寺石段に並べられた約2000個の慰霊紙燈篭にあかりが灯る中、長崎県宗務所長を御導師に法要が厳修され参列の壇信徒約160名と共に慰霊の祈りが捧げられた。法要終了直前には、行脚隊が無事に到着し、総勢200名のお題目の唱和に本堂は割れんばかりに震え、その光景に感動し涙ぐむ参列者もいた。
第二部では被爆2世である市原隆靖氏による音楽供養が行われ、「笑顔と歌にこそ平和」というテーマで、会場が笑顔で満たされ時間が経つのを忘れるほど、皆が一つになれた演奏会であった。
最後に長崎県日蓮宗青年会長、加藤功承師が謝辞の中で原爆の日についての世論調査に触れ「原爆の日を知っている人の割合は長崎で20年前は89%だったのに今回は59%まで落ちている。原爆で犠牲となった方への慰霊で一番大切なことは『忘れない』ということだと思う。そしてもっと過去のことを学ぶべきだ。」と述べ、さらに「今からお盆の季節を迎えます。原爆犠牲者の中には、水が欲しいと叫んで亡くなられた方がいます。ひもじいと叫んで亡くなられた方もいます。供養が欲しいと叫んでも、してもしてもらえない無縁死没者も多くいらっしゃいます。どうかご先祖の精霊棚の隅に、原爆で犠牲になられた方々のためにお水と少々のお供え物をしてその方々のためにお題目をお唱えしていただけないでしょうか。皆様のお水が喉の渇きを潤し、お供え物が飢えを潤し、そしてお題目が犠牲者の心を潤してくれます。そして家族が集まったら、戦争の、原爆の話をしてみてください。そうすることが『忘れない』ことへの第一歩だと思います。」と結んだ。
この慰霊法要は、長崎原爆被爆70年慰霊事業の総まとめとして行われた。それまでに6月16日8時15分広島原爆公園から7月9日11時2分長崎平和公園までおよそ450キロを20日間かけて青年会員がリレー行脚を行い、7月14日、21日、28日には長崎市内の原爆慰霊碑巡り行脚を行ってきた。先人たちが原爆の悲惨さと犠牲となられた方々を忘れないために建立された慰霊碑には必ずお供え物等がしてあり、原爆の日を知らない人が増えたのは残念だが、脈々と供養を受け継いでいる人もいると知ることができた。
8日の慰霊法要後、帰途につく参列者の中から次のような声が聞こえた。「〇〇さん、あんた膝が悪かとやけん、階段降りずにエレベータ使わんね。」「うんにゃ、この本蓮寺の石段は原爆でも、びくともせんかったと。今夜はここば歩きたか。」と。そしてその近くでは、お母さんと幼い女の子が手を繋いで石段を降りていた。すると女の子が母親に抱っこをせがんだ。母親は「この燈篭を見てごらん。これは昔ひどい爆弾で亡くなった人たちに、南無妙法蓮華経よ届けって光を灯しているんだよ。あなたも自分の足で歩きながら南無妙法蓮華経と唱えてごらん」と。女の子は再び母親と手を繋ぎ一段づつ自らの足で歩きながら「ナンミョ―ホーレンゲーキョウ」と唱えながら帰っていった。
これが「忘れない」「受け継ぐ」ということかもしれないと感じた。この光景を覚えておきたい。
2015年7月22日号
長崎市寺町長照寺で夏季仏教修養道場
【長崎】7月22日~24日第8回夏季仏教修養道場が長崎市寺町長照寺(浅井円誓住職)と飽の浦町昭徳寺(森光徳住職)を会場に開催され小学生約80名が参加した。初日はあいにくの雨模様であったが、子供たちは元気に遊び、真剣な眼差しで仏事作法の修練に勤しんでいた。参加した子供の保護者からは「道場に行ってから毎朝お仏壇の前で手を合わせ、『南無妙法蓮華経』と言ってくれるようになった」という声が寄せられた。



















