2015年8月8日
長崎原爆被爆70年慰霊大法要~光の祈り~
【長崎】NHKが今年行った世論調査で長崎に原爆が落とされた日付について聞いたところ正しく答えられた人は長崎で59%、全国で26%という結果が発表され、専門家は原爆について意識を高めていく必要があると指摘している。
8月8日、長崎県日蓮宗青年会主催の『長崎原爆被爆70年慰霊大法要~光の祈り~』が長崎市筑後町本蓮寺(山田浩文住職)にて執り行われた。
法要に先立ち、全国日蓮宗青年会はじめ熊本県日蓮宗青年会、佐賀県日蓮宗青年会、また長崎県内の壇信徒等、総勢50名の参加で浦上地区から平和公園を経て、慰霊法要の会場である本蓮寺まで炎天下の中約2時間半、唱題行脚を行った。
午後7時、本蓮寺石段に並べられた約2000個の慰霊紙燈篭にあかりが灯る中、長崎県宗務所長を御導師に法要が厳修され参列の壇信徒約160名と共に慰霊の祈りが捧げられた。法要終了直前には、行脚隊が無事に到着し、総勢200名のお題目の唱和に本堂は割れんばかりに震え、その光景に感動し涙ぐむ参列者もいた。
第二部では被爆2世である市原隆靖氏による音楽供養が行われ、「笑顔と歌にこそ平和」というテーマで、会場が笑顔で満たされ時間が経つのを忘れるほど、皆が一つになれた演奏会であった。
最後に長崎県日蓮宗青年会長、加藤功承師が謝辞の中で原爆の日についての世論調査に触れ「原爆の日を知っている人の割合は長崎で20年前は89%だったのに今回は59%まで落ちている。原爆で犠牲となった方への慰霊で一番大切なことは『忘れない』ということだと思う。そしてもっと過去のことを学ぶべきだ。」と述べ、さらに「今からお盆の季節を迎えます。原爆犠牲者の中には、水が欲しいと叫んで亡くなられた方がいます。ひもじいと叫んで亡くなられた方もいます。供養が欲しいと叫んでも、してもしてもらえない無縁死没者も多くいらっしゃいます。どうかご先祖の精霊棚の隅に、原爆で犠牲になられた方々のためにお水と少々のお供え物をしてその方々のためにお題目をお唱えしていただけないでしょうか。皆様のお水が喉の渇きを潤し、お供え物が飢えを潤し、そしてお題目が犠牲者の心を潤してくれます。そして家族が集まったら、戦争の、原爆の話をしてみてください。そうすることが『忘れない』ことへの第一歩だと思います。」と結んだ。
この慰霊法要は、長崎原爆被爆70年慰霊事業の総まとめとして行われた。それまでに6月16日8時15分広島原爆公園から7月9日11時2分長崎平和公園までおよそ450キロを20日間かけて青年会員がリレー行脚を行い、7月14日、21日、28日には長崎市内の原爆慰霊碑巡り行脚を行ってきた。先人たちが原爆の悲惨さと犠牲となられた方々を忘れないために建立された慰霊碑には必ずお供え物等がしてあり、原爆の日を知らない人が増えたのは残念だが、脈々と供養を受け継いでいる人もいると知ることができた。
8日の慰霊法要後、帰途につく参列者の中から次のような声が聞こえた。「〇〇さん、あんた膝が悪かとやけん、階段降りずにエレベータ使わんね。」「うんにゃ、この本蓮寺の石段は原爆でも、びくともせんかったと。今夜はここば歩きたか。」と。そしてその近くでは、お母さんと幼い女の子が手を繋いで石段を降りていた。すると女の子が母親に抱っこをせがんだ。母親は「この燈篭を見てごらん。これは昔ひどい爆弾で亡くなった人たちに、南無妙法蓮華経よ届けって光を灯しているんだよ。あなたも自分の足で歩きながら南無妙法蓮華経と唱えてごらん」と。女の子は再び母親と手を繋ぎ一段づつ自らの足で歩きながら「ナンミョ―ホーレンゲーキョウ」と唱えながら帰っていった。
これが「忘れない」「受け継ぐ」ということかもしれないと感じた。この光景を覚えておきたい。



















