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2014年5月16日号
青森・工藤鳳観上人本葬儀
【青森】弘前市受源院(工藤清文住職)に於いて、5月16日同寺35世工藤鳳観師(唯珠院日祥上人)の本葬儀が霊跡本山鎌倉比企谷妙本寺貫首早水日秀上人導師のもと執り行われ県内外より僧侶50名、檀信徒200名が参列した。
工藤鳳観師は平成25年11月5日、95歳で遷化
昭和43年受源院第35世の法灯を継承
昭和27年布教院第二回修了
昭和32年声明師養成講習所第二回受講
昭和35年日蓮宗大荒行堂第再行成満。
青森県立正青年会会長、雅楽会会長、社教会会長、専任布教師を務め、協議員議長等の役職を歴任した。
また、宗外においては、保護司、弘前市社会福祉協議会理事、弘前市青少年補導委員として地域社会に奉仕し長年務めた功績により多くの表彰を受けた。
閉式に際し、早水貫首より「工藤鳳観上人の心を代々受け継ぎ、つないでいくことが大事である」と挨拶があり、最後に工藤清文師より「先代住職が青春時代を過ごした池上本門寺の関係の方に導師をお願いしたいという希望があり、それならば早水貫首にお願いしたいということで御導師をお願いした次第。厳粛かつ荘厳な本葬儀を営むことができ厚く御礼を申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします」と遺弟を代表し謝辞を述べ閉会となった。
山梨2・布教師会 声明師会 合同総会
【山梨二】「布教師会・声明師会 合同総会」が5月16日に富士川町で行われた。総会終了後、後藤義光上人(上行寺住職)による「僧侶による遺族への関わり方を考える」と題する研修会が行われた。後藤上人が昨年大学院で研究をした際に行ったアンケート調査の結果を基に話が展開した。僧侶と一般人の死に対するとらえ方を比較して、遺族が悲嘆から立ち直るために僧侶はどのような立場で寄り添うべきか提言があった。さらに、僧侶だからできることについても改めて見つめ直すきっかけとなる、大変示唆に富んだ内容であった。その後の質疑応答でも会員から活発に意見が出された。
2014年5月15日号
第2回全国日蓮宗青年僧 中部結集岐阜大会
【岐阜】全国日蓮宗青年会では毎年全国各地で結集大会を開催し、各々が研鑚し合って参りました。本年は5月15日(木)・16日(金)に「第52回全国日蓮宗青年僧 中部結集岐阜大会」が開催されました。
会場となった岐阜のシンボルともいうべき岐阜城(稲葉山城)の歴史は古く、建仁元年(1201年)二階堂行政が稲葉山に砦を築いたのが始まりとされています。戦国時代には、斎藤道三の居城、織田信長から「美濃を制する者は天下を制す」と謳われ、天下統一の要所とされた場所です。しかし、実状は、その裏で多くの武将からの攻撃により数々の落城を経て、当時の物は城址の石垣を残すのみとなっています。この岐阜城を制してきた武将達には法華経の信仰者が数多く、その家臣や側近達もまた同じ信仰者でした。岐阜城落城の際には、ある者はお題目を唱えて討死し、ある者はお題目を唱えながら池に身を投げたそうです。また、近代では昭和20年(1945年)7月9日、第2次大戦中に大規模な空爆を受け、家屋は焼き払われ多数の死傷者を出しました。
今大会では14日(水)に全日青第30代・小泉輝泰会長を含む代表者5名による岐阜城金華山「題目塚」での戦没者慰霊法要、15日には青年僧265名による唱題行脚(岐阜市内)が行われました。全国から265名以上の青年僧が行脚することは、岐阜県では初めてのことです。街ゆく人は足を止めて手を合わせ、異体同心に一心に行脚する青年僧の姿を目に胸に焼きつけているようでした。翌16日には岐阜グランドホテルにて代表者会議と総会を行い、今大会が無事閉会されました。



















