全国の通信記事
2014年2月19日号
埼玉・大祈祷会
【埼玉】修法師会(前田海意会長)は、平成二十六年二月十九日、久喜市栗橋の常薫寺(廿楽勝純住職)において大祈祷会を開催した。当日は心配された雪も降らず、晴天のもと僧侶・檀信徒併せて約百三十名が参加した。開式に先立ち青年会(星光陽会長)の会員と本年荒行を成満した行僧が常薫寺に向けて行脚し、到着後行僧5名による水行式が行われた。行僧達の気迫あふれる姿と飛び散る水しぶきに、檀信徒から驚きの声が上がった。続いて本堂に於いて川越市円真教会担任星光照師による高座説教と埼玉県法華和讃会による和讃の奉詠がおこなわれ、本年度初行を成満した杉戸町上原寺修徒山下智崇師による体験談が披露された。山下師は「百日の間ひたすら読経と水行の毎日でした。眠れないことと空腹がとても辛く、終わりの見えない日々でしたが、今思うとあっという間でした。今後の人生のプラスになる本当に良い経験をさせていただきました。」と語り、「これで終わりでは無く、今ようやくスタートラインに立てたと思っています。これからもっと精進して行きたい。」と決意を述べた。その後、前田会長を導師に管内修法師による大祈祷会が厳修された。正法の興隆と参加者の無病息災など前田会長による力強い祈念回向が行われた。法要終了後、三枝泰英埼玉県宗務所長、会場寺院の廿楽住職が成満僧への労いと、参加者への感謝の言葉を述べた。最後に挨拶にたった前田会長は「何でも簡単に手に入るこの時代になぜ、一日七回の水行に読経三昧、僅かな睡眠と食事という生活に、あえて挑戦するのか。それは自分自身を試しに行くのです。毎日の苦行に耐え、いかに自分を滅することが出来るかを試しに行くのです。百日間ものあいだ自分を消して苦しいことをやっていくことで最終的に生きること、生かされている事の意味を再確認する場所になるのです。」と話した。最後に今回申し込みのあった七百五十体の祈祷札が参加した寺院や檀信徒に手渡された。
本山瑞輪寺で七面大明神例大祭
【東京北】 二月十九日、本山 谷中瑞輪寺にて七面大明神例大祭・正中山大荒行堂成満大國祷会が厳修され、正中山大荒行堂を成満された行僧三十名が出仕し、檀信徒約百二十名が参列され盛大に行われた。
残雪残る厳しい寒さの中で三十名による大迫力の水行式では約三十杯の水を被り、取り囲んだ檀信徒からは驚嘆の声が上がった。
引き続き井上日修猊下御導師のもと、三十名の出仕行僧による凄まじい読経と一糸乱れぬ木剣による御祈祷が厳修された。
法要後、修法導師を務められた参行成満の田村完浩師(港区 正伝寺)より、三十名の行僧をお招き戴いた井上日修猊下への御礼と、国家の安泰と瑞輪寺様の益々の発展、また参列された檀信徒の皆様のご健康を御祈念させて頂きましたと謝辞が述べられた。
引き続き井上日修猊下よりご挨拶があり、「本日、第七回目を迎える七面大明神例大祭並びに大國祷会に、本年も三十人の行僧上人にお目見え戴き大変有り難いことと存じます。まずもって田村上人を始め、三十名の行僧上人に心からお祝い申し上げます。今年は少数精鋭の百二名しか荒行に入行されませんでした。本日三十名の行僧上人にご参加戴いたことは、大変有り難く感激に堪えないことでごさいます。この壱百日の行は、朝の三時から夜の十一時まで読経三昧、そして七回の水行と、本当に苦修練行、死と対面しながらの行を終えられた方ばかりの聖者でごさいます。『寒水白粥凡骨將死』、水を被りお粥をすすりながら過ごし、凡骨將に枯れなんとす。『理懺事悔聖胎自生』、自ら懺悔をすることによってこそ、聖胎自ずから生ず、生まれ変わってまさに仏様の様な聖者になって、本日この瑞輪寺にお目見え戴いた次第でございます。その方々の御祈祷お加持を戴いたことは本当に有り難いことで、檀信徒の皆様方は本当にお幸せなことと存じます。今、私が礼盤の上で行僧様を拝みながら荒
行堂の中の様相を思い浮かべました。実際に皆様方には大きなご利益が戴けたと思いますので、どうかこれからも一生懸命にお題目をお唱え頂きまして、信仰増進をして戴きますることを心から御祈念を致しまして、一言御礼の挨拶とさせて戴きます。本日は残雪の中、御参集誠に有り難うございました。」と述べられた。
続いて七面堂にて例大祭が行われ、七面大明神例大祭 正中山大荒行堂成満大國祷会は無事に円成した。
初めての帰山式に檀信徒も歓喜に涌く
【京都二】小雪舞う寒さ厳しき冬の日本海 平成二十六年二月十九日 京都府京丹後市久美浜町永留 宗覚山 妙久寺に於いて、日蓮宗大荒行 第初行成満 妙久寺副住職 内田能友上人の帰山奉告式が執り行われた。
住職 雅友上人は荒行経験が無く、参拝の壇信徒は、行僧を迎えるのも帰山奉告式も初の経験であった。
その中で午前九時三十分 水行式 境内に響き渡る水行肝文 迫力ある水行 あたりに飛び散る水しぶきに壇信徒の多くは、驚きと歓喜に沸いた。
十時より帰山奉告式が執り行われた。御宝前修法では、修法をする能友上人の後ろ姿が、一段と大きく感じられた。
帰山挨拶では、簡単な挨拶で終止した。その中には、京都第二部宗務所管内の行僧は初行の能友上人だけであり、不安と緊張の中での入行であったと思われる。予想を遥かに超える厳しさにさらされながら、自分の事と副代表としての務めを図り、百日の行を終えられた。大変な苦労があったと思われるが、挨拶でその事に触れることは無かった。



















