全国の通信記事
2018年5月9日号
新潟西・社教会柏刈地区奉仕活動
【新潟西】小雨が降り少し肌寒い5月9日、新潟県西部社教会柏刈地区は、柏崎の特別養護老人ホームいこいの里で車椅子の点検並びに清掃のボランティア活動を行いました。何かと忙しいこの時期、参加者は5名でしたが、手慣れた様子で車椅子をひっくり返し、シートを外したりと普段の清掃ではできない隅々まで小さなブラシで掃除を行い、ぬれタオルで全体を拭き、最後に除菌シートで拭き上げていました。作業中、入居している方々は興味深々で作業を見に来る方も多くいましたが、車椅子の清掃をしていることを知ると、大変感謝していました。きれいになった車椅子を見るたびに、ボランティアの参加者は疲れを忘れ、ほっこりした1日になりました。
どうぞ宜しくお願いします。
2017年12月12日号
新潟西 武見日恕上人の書簡発見
【新潟西】新潟県長岡市の真浄寺(武見潮裕住職)から、明治時代の中期にあたる十九世紀初期の史料が、八〇〇点以上発見された。かつて東京堀之内・妙法寺の住職であった武見日恕上人(一八五八~一九一七)のもとに来た書状等で、これまで明らかとはいえなかった明治期の宗務行政の組織、教育機関の整備、信者組織の構築、子弟の教育など、その内容は豊かで広範囲に及んでいる。他に類例のない史料として、現在、立正大学名誉教授・中尾堯文師と日蓮宗現代宗教研究所により調査と目録の整理が進められている。
大量な史料を伝える真浄寺は、武見日恕上人が故郷の長岡市・関原に、大正二年(一九一三)に両親追善のため開創した寺院。現住職の潮裕師は第5世で、開創一〇〇年を記念して寺宝の護持を発願した。日恕上人に宛てられた書状は、おおよその分類にしたがって巻子状で保管されており、他に未分類の日記や備忘録などかなりの量にのぼる。中尾師は、「日恕上人の名刹の住持としての活躍と当時の日蓮宗寺院をめぐる当時の困難な状況が、史料の文面からはっきりと浮かび上がる、日蓮宗の現在と深く関わる貴重な史料。宗史における近代の欠を埋める重要な研究成果が期待される」と語り、文書の帯びる意味を強調している。
明治十九年に妙法寺の住職となった武見日恕上人は、身延山久遠寺の復興に尽力するとともに、檀林運営に深くかかわって宗門子弟の教育に専心した。一方で東京小石川に「茗谷学園」を設け、僧と俗を分かたず好学の弟子を育てることにも力を注ぎ、「日蓮宗十万人講」を広めて信者を結集して、法華信仰の物心両面にわたる確立を期した。
2017年12月8日号
新潟西 歳末助け合い行脚
【新潟西】平成29年12月8日、新潟西部青年会(岡 観亮会長)歳末助け合い行脚が新潟西部三地区(寺泊・柏崎・高田)で行われました。午前中、風雨が降り注ぐ中、寺泊地区を行脚し、午後1時より益々雨の勢いが増す中、柏崎地区を行脚、そして、午後4時より大雪警報が出ている中、高田地区の行脚を行いました。青年僧のの大きな声のお題目と太鼓が聞こえると、多くの人が濡れるのを構わずに玄関先に出てきてくださり、姿が見えなくなるまで見送ってくださいます。毎年元気のいいお題目を楽しみにしている方々がたくさんおり、このことが青年僧の何よりの活力になっているとことでしょう。あまりの寒さで手がかじかみ、しもやけができるものがいる中、青年僧らしく元気一杯にお題目を唱え、参加者全
員無事に行脚を終了した。



















