2013年6月21日
多古町妙興寺で災害復興読誦会
【千葉東】平成25年6月21日、千葉県多古町、峯妙興寺(冨永観瑞代務住職)に於いて東部修法師会(井村大應会長)主催にて25名の出仕のもと行われた。
峯妙興寺での読誦会は近年久しく行われなかったが東日本大震災によって本堂、客殿、庫裡等の一部が損壊したために一日も早い復旧を祈念する読経の声が堂内に響いた。
峯の妙興寺は地元では「峯の寺」と親しまれ、その歴史は古く、北総の名刹寺院の一つにあげられる。開基は中老僧日弁上人より正安2年1300年に開創。田子藩主松平(久松)家の菩提寺として一族の墓が現在も残る。又、明治に到るまで700年来、「関東の蝕頭(ふれかしら)」として幕府からの通達はすべて本寺を通して他の寺院へと発せられた。宗門史上その権威と、末寺27ヶ寺を抱え中心的役割を果たした名刹寺院。現在も日蓮聖人の御真筆本尊、立正安国論草稿等、宗門の歴史、教学上貴重な資料が数多く現存し立正大学からも幾度も教授、研究者が足を運ばれまだまだ調査中。この様な名刹寺院も明治に入って維持管理も難しくなり700年の時の流れは大本堂、客殿等の老朽化もはなはだしく、歴代の住職努力せしも思うに任せず、殊に客殿のいたみは激しく復旧、『昨年冨永所長(多古町妙光寺住職)代務住職を拝命以来、(先ずは檀信徒が気持ちよく参詣してくれる事を願い)大玄関、客殿の大修理、又、今までの古い小さなトイレも広いスペースをとり広くて使いやすい現代風のトイレを新築、住職は「まず出来ることから始めよう」との信念を以て着手し落慶した事の奉告と震災物故者の御供養がなされた』。
法要最後に住職より「明治以来これだけの僧侶によるお経が上がったのは初めてではないか」と喜びと御礼の挨拶、これからもこの様な機会を作り、大聖人と先師の御報恩になればと語られ法要を終わる。蛇足ではあるが当山に残る山門と鐘楼は多古町指定有形文化財である。



















