全国の通信記事
2026年7月9日号
宮崎鹿児島沖縄・青年会で知覧戦没者慰霊行脚
【宮鹿沖】7月9日鹿児島県南九州市知覧町で宮崎鹿児島沖縄県三県日蓮宗青年会が主催で戦没者慰霊行脚を青年僧13名で行った。この地は、陸軍基地があり第二次世界大戦時本土最南端だったということもあり最も多く全特攻戦死者1, 036名のうち、439名が知覧基地から出撃した土地である。
その多くの特攻隊員のお世話をしていたことから「特攻の母」と呼ばれ、親身に接した鳥浜トメさんが営んでいた軍指定食堂の「富屋食堂」(現在は資料館「ホタル館 富屋食堂」)から行脚を出発し、特攻戦死者1, 036名の御霊の眠る特攻平和観音堂にて一読した。
全国日蓮宗青年会立正平和運動委員長の宮崎県日向市本光寺 副住職 吉良貴徳師は「今年は宮崎・鹿児島・沖縄に加え、長崎県・千葉県・沖縄県のお上人にもご参加いただき、真夏の強い日差しが照りつける中、お題目をお唱えし、慰霊と追善供養を心を込めてお勤めすることができました。
立正平和委員長として皆様とともに汗を流し、お題目と法華経をもってご供養できたことを大変ありがたく、また尊いご縁であったと感じております。
6月23日の沖縄慰霊行脚、7月の知覧慰霊行脚、そして8月の長崎慰霊行脚と、戦争で尊い命を落とされた方々へ祈りを捧げ、平和への誓いを新たにすることは、私たち日蓮宗僧侶にとって大変重要な使命であると改めて感じております。
この度の慰霊行脚にご参加、ご協力くださいましたすべての皆様に、心より厚く御礼申し上げます。」と述べた。
2026年3月27日号
宮鹿沖 一泊寺子屋
【宮鹿沖】3月27日、宮崎鹿児島沖縄県日蓮宗青年会主催の一泊寺子屋が宮崎市妙法寺(伊藤貴仁住職)で開催された。
この寺子屋では『ともに学び、笑顔でつながる』をテーマに宮崎、鹿児島から集まった25名の子どもたちは青島の自然の中で学びと交流を深めた。
フィールドアスレチックや水上アスレチック、カヌー体験、勾玉作りなど多彩な体験活動が行われ、木々に囲まれたコースを駆け回り、水上ではチームで手を取り合い助け合いながらアスレチックに挑戦した。
また創作では古代の装飾品として知られる勾玉作りに挑戦。大きさや形を決めたら紙やすりで丁寧に削り、磨き上げ、色をつける。自分だけの作品を完成させた。
夜には夜店ゲーム体験が行われ、輪投げ、ストラックアウト、ボーリング、ゲームコーナーなどのブースが並び笑い声の絶えない時間が続いた。
朝夕のお勤めでは初参加の子どもたちも多く、手を合わせ初めて唱える御題目を一生懸命唱えていた。
お勤め後には『合唱の作法と意味』、『感謝』の法話があり、綺麗な合唱のやり方など法話を通じて学んだ。
写経では苦戦する子どもたちの姿が多く見られたが、最後まで丁寧に筆をふるっていた。
寺子屋実行委員長の貴仁師は、「自然の中での体験を通じて、子どもたちが命の大切さや家族、仲間との絆を感じ、寺子屋で学んだことを普段の生活の中で活かしていってほしい。」と語った。
2026年2月23日号
宮鹿沖 吉田憲史師帰山報告式
【宮鹿沖】宮崎県都農町龍雲寺で2月23日副住職吉田憲史師の日蓮宗大荒行堂第初行成満帰山報告式が行われ国会議員、宮崎県知事、都農町長、地元テレビ局をはじめ約300名が集まった。
千葉県市川市中山法華経寺で修行した荒行僧7名で9時都農町役場から行列行脚が出発都農駅を経由し自坊龍雲寺まで行列があり、その後水行、法要が行われた。
宮崎鹿児島沖縄宗務所長 黒木浩順師の祝辞では、「私たち僧侶は、祈りによって世界を平和に、悩める人を救う力をつけなければならない。この荒行で感得された経力、法力、行者力をもって龍雲寺でのご活躍祈っております。」と語った。



















