全国の通信記事
2026年5月30日号
大阪市 大東市本妙寺法燈継承式
【大阪市】大阪府大東市本妙寺で五月三十日第五十九世中村貫慧師から第六十世村尾観泰師への法燈継承式が多くの僧侶檀信徒参列の下挙行された。午後一時よりの宣誓式では下土井龍永大阪市宗務所長を前に、新住職は宗憲を重んじ管内の規約を守り、寺門の興隆に精進する事を誓った。引き続き午後二時半より昇堂太鼓とともに入堂され、継承式が開式された。法要中、前住職が新住職に払子を託し退寺。新住職は入寺奉告文を読み上げた後、導師として法灯継承式幷開創六百年の慶讃法要を見事に締めくくった。新住職となった観泰師は「一般の大学で学んでいたが、身延山で修行する兄の姿を見て出家する決心をした。以来、様々な方々にご教導を頂き、縁あって歴史ある当山の歴に加わることとなった。開山以来、歴代が育てた芽をより大きく育て、次の代に継承できるよう精進する」と誓いを立て、終始厳かな内に閉式を迎えた。本堂に入りきらず、境内にテントを立てて参列した多くの檀信徒は法燈継承の感動を胸に、今後新住職を支え益々菩提寺を盛り立てる意欲に満ち溢れた様子であった。
2026年5月24日号
兵庫北 寺院檀信徒協議会合同総会
【兵庫北】令和8年度兵庫県北部寺院檀信徒協議会合同総会が豊岡市日高町立光寺で開催された。5月24日午前10時より同寺本堂にて法味言上後、39名が出席し、昨年度の昨年度の会計報告・事業報告、並びに今年度の会計予算・事業計画などを約2時間にわたって審議した。
2026年5月6日号
兵庫西 愛染明王・不動明王奉迎
【兵庫西】5 月 6 日妙経寺(中村晋立住職)で70名を超える檀信徒が参列し、約400年前、同寺に奉安されていた愛染明王・不動明王奉迎記念法要が行われた。同寺に尽力された方々の遺徳を顕彰し、山門発展と檀信徒の安穏を祈念した。法要後には立正大学名誉教授の中尾堯師により『大塩 妙経寺の歴史と寺宝』と題しての記念講演が行われた。中尾教授は、当時の時代背景と開創以降の同寺の歴史を紹介し、現在との繋がりを語られた。住職は「何年ぶりにお帰りになっただろうか。このふるさとの潮の風を、どのように感じておられるだろうか。」と両明王に問いかけ、さらに「この稀有な出来事に驚いたが、両明王に出逢えて良かった。両明王は、400 年前の出来事が今に繋がっていることを私たちに示された。私たちも 400 年先につながるような生き方をせねばならない。」と述べた。
事の始まりは、令和 7 年 10 月に東京墨田区のすみだ郷土文化資料館において、かつて押上にあった最教寺(現在は八王子、茂田井教洵住職)の仏像や什物の企画展が開催されたことによる。
展示された中の一体の愛染明王が、台座裏銘記から「播州大塩」の「妙経寺」において「住寺安全坊」のもとで「与左衛門」を願主として慶長 7 年に「尊陽院日誉」により開眼された仏像であることが判明。不動明王には銘記はないが面貌や体軀、着衣の表現などが愛染明王像と近似しており、同時期に一具の像として製作されたものと考えられる。
妙経寺(中村晋立住職)では、本願人が酒屋与左衛門であることや、2世が安全院日受上人であることはわかっていたものの、開創年度や由緒、縁起については諸説があった。この両明王の出現で、慶長7年には妙経寺としてスタートしていたことが明らかになったのである。中村住職は、同年6月、資料館からの知らせを受け、同資料館へ赴き再開を果たした。かつて同山に奉安されていた愛染明王・不動明王に出逢い、とても感銘を受け、423年の歳月、妙経寺を守り続けてきた歴代住職や檀信徒と共に、このご縁を喜びたいと考えた。そして、現在祀られている最教寺( 茂田井住職)に里帰りを依頼し、快諾をいただいたのである。
4月22日、最教寺より茂田井住職が愛染明王・不動明王を両手に抱えて妙経寺山門をくぐった。参道では参集の檀信徒がお迎えのお題目を唱え、本堂では地元で活動する「和太鼓衆潮舞」による奉納太鼓により両明王の里帰りを歓迎し、5月6日の記念法要に至った。



















