全国の通信記事
2026年1月17日号
山梨4 阪神大震災・鎮魂と平和・追悼のつどい
【山梨4】山梨県甲府市の立本寺住職石原顕正師が理事長を務めるNPO法人「災害危機管理システムEarth(アース)」は、阪神大震災から31年となる1月17日、5名の日蓮宗僧侶と多くの参加者と共に、立本寺本堂で「市民追悼のつどい」を開いた。
アースは震災後、神戸で発生時刻に合わせた追悼集会を開くなどしてきた。追悼者や被災者らの高齢化に伴い、2020年に現地での追悼式を終えたが、昨年は5年ぶりに現地で犠牲者をしのんだ。
だがその後、長年現地神戸とアースを繋ぎ、活動の中心となってきた安田秋成さんが死去。「仮設住宅に身を寄せ合いながら、被災者の先頭に立ち救援を訴え続けていた。彼の存在は大きかった」と理事長は語る。
現地に赴かずとも「震災の記憶を風化してはならない」との思いは今も同じ。当日は午後1時半から太鼓と声明による法要を営み、全員で一心にお題目を唱えた。式の最後に一人一人が祈りを込め、鎮魂の神戸・希望の鐘をつき、被災者に心を寄せた。
石原理事長は、参列者に感謝の言葉を伝え「大きな痛手を受けたすべての人々が絶望や悲観をすることなく生きられるよう、支援を継続することを誓う」と供養の言葉を述べていた。
2025年10月27日号
山梨4 沖縄団参
【山梨4】令和7年10月27日~29日に、山梨県第四部宗務所・山梨県第四部檀信徒協議会は、終戦80周年慰霊、琉球山法華経寺参拝、沖縄護法団参を実施した。
到着後の一日目、参加者37名は、戦場の中で亡くなったひめゆり学徒隊の慰霊碑「ひめゆりの塔」と平和記念公園を訪れ、沖縄戦の写真や遺品など展示した「平和祈念資料館」、沖縄戦で亡くなられた全ての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」、戦没者の鎮魂と永遠の平和を祈る「平和記念像」に想いを寄せた。
また太平洋戦争における山梨県関係戦没者22051柱を慰霊するため、昭和41年11月8日に「大東亜戦争戦没者慰霊塔建設委員会」が沖縄県島尻郡具志頭城跡に建立し山梨県に寄付された「甲斐之塔」にて、山梨県第四部宗務所長鈴木康雄師を御導師に「終戦八十年戦没者追善供養並世界立正平和祈願法要が行われた。参加者は皆、一心に合掌をしてお題目を唱えて先師方をしのんだ。
二、三日目は、日蓮大聖人第700遠忌の記念事業で、宗門が総力をあげて建立した開教寺院である「琉球山法華経寺」を参拝し、各地を回り沖縄の歴史と風土を学んだ。
団参参加者からは、お互いは日蓮聖人の教えを守る同信の徒であるという自覚と誇りをもって「尊い修行ができました」「貴重な慰霊の機会を頂き、参拝ができて本当に良かったです。」と、多くの充実した言葉があったという。
山梨県第四部 通信員支局長 石原学司
2025年8月31日号
山梨4 昭和町妙福寺・妙性寺合併記念式典
午前十時より、妙福寺住職近藤玄純師が御導師を務め、修法導師、四名の式衆、関係者、檀信徒合わせて百名を超える、凛とした法要が開式し新本堂に荘厳なる読経が響き渡った。
式中の経過説明で語られたが、この新本堂が完成するまでは長く困難な道のりだったという。始まりは十一年前、玉穂と昭和にある二つの寺院で、それぞれに本堂の建て替えが必要であり、近藤住職は懇意にしていた株式会社七保の方に最初の打診をした。
しかし、各々で本堂を立て維持管理をしていくのは檀家の皆様の負担があまりにも大きすぎる、セレモニーホールでの葬儀も価格が高騰をしている、何とか本堂で心のこもった葬儀をして送ってあげたい。そして地域にも開かれたお寺にしたいという理念をもって、計画は少しづつ前に進められた。
令和五年には二つの寺院の合併が正式に認められた。建設委員会では住職、建設の専門家、総代、檀信徒方の話し合いが何度も行われ、力を合わせ、山梨の林材・仏教発祥のインド産の石を使用した、葬儀や法事に来ていただいた方々、周りの大切な人の心に残る空間、そのような新本堂と会館が完成したという。
法要の後半には、山梨県第四部宗務所長鈴木康雄師より「一生懸命に、ご協力くださった方々の功徳は本当に計り知れません。寺院のより一層のご隆盛を祈念いたします。」とお祝いの言葉が送られた。また身延山執事庶務部長・奧之院思親閣別当・宗会議員・一部宗務所長・正副干与・大学関係者等、この式典に多くの祝辞が送られた。
最後に住職近藤玄純師よりご臨席、ご協力頂いた全ての方に心よりの御礼が伝えられた。
近藤師は自分の人生を語り、この時世でどうやって小さなお寺を存続させるかを懸命に考えた強い思いを伝えてくれた。「これからは二つのお寺の檀家さん皆と力を合わせ、次世代に信仰を伝えていきたいです。この事業は振り返ってみても、私一人の力ではなく、皆様の力なくしては成し遂げる事は絶対に出来ませんでした。皆様の思いで私は動いてこれました。本当に心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。」と深く御礼をして謝辞が伝えられた。




















