全国の通信記事
2026年3月8日号
埼玉 仁部前崇師の帰山國祷会
【埼玉】令和八年三月八日(日)、埼玉県杉戸町の妙見山上原寺において、令和七年度日蓮宗大荒行堂において筆頭副傳師を務めた仁部前崇師の帰山國祷会が厳修された。
当日は、本年度北関東教区より入行した行僧四名とともに、寒風吹く中で水行が行われ、その後本堂に場所を移し筆頭副傳師の任務完遂を仏祖三宝へ奉告。境内には県内外から約七十名の檀信徒が参拝し、帰山した行僧を温かく迎えた。
仁部傳師は、これまで荒行僧として六回、傳師として四回の行を重ね、今回で通算一千日に及ぶ修行を満了。日蓮宗大荒行堂への入行は通算十回となり、その功績により最高位の称号である「阿闍梨号」を拝受した。
謝辞に立った仁部師は、これまで支えてきた檀信徒や家族への感謝を述べるとともに、「お題目を信じ、南無妙法蓮華経と唱える信仰こそが私たちの拠り所である」と語り、参拝者に信仰の大切さを呼びかけた。
当日は厳粛な雰囲気の中にも、檀信徒からは今年も無事に住職が帰山したことを喜ぶ声が聞かれ、修行を終えた姿に深い感銘を受けていた。
2026年3月2日号
埼玉 北関東教区布教講習会
【埼玉】令和7年度北関東教区布教講習会が3月2日、さいたま市のホテルブリランテ武蔵野において開催された。冒頭、当番管区を代表して埼玉県宗務所長の石黒淳明上人(川口市感應寺住職)が挨拶に立ち、本講習会を無事開催できたことへの感謝を述べた。
講習会では、石川県第二部宗務所長大句哲正上人(珠洲市本住寺住職)が「いのちに合掌〜災害管区の取り組みや復興状況について〜」と題して講演。令和6年元日に発生した能登半島地震から二年余りが経過した被災地の現状と、災害管区の取り組み、復興への歩みについて、自らの体験を交えながら語った。
発災直後、珠洲市では深刻な断水が続き、飲料水の確保はもちろん、生活用水も不足し、日常生活そのものが成り立たない状況であったという。水の確保が命に直結する現実を痛感した体験から、「水は最低でも三日分を必ず備えてほしい」と日頃の備えの重要性を強く訴えた。
被災直後、信者から「神も仏もあったもんじゃない」との言葉を投げかけられたことが今も胸に残っているといい、「深い悲しみの中から発せられた言葉に、何も言い返すことができなかった」と当時を振り返った。そのような中で大句上人は「根拠はないが、笑顔でいるよう努力した」と語り、人の心に寄り添う姿勢の大切さを説いた。
復興とは単なる建物の再建ではなく、人の心の再建でもある。能登の現実は決して遠い出来事ではないとして、日頃からの備えと人と人とのつながりの大切さを呼びかけ、参加者は災害への備えについて改めて考える機会となった。
2026年2月21日号
埼玉 濱島寿文師帰山報告式
【埼玉】濱島寿文師帰山報告式令和8年2月21日に、ときがわ町の東光寺(濱島文明住職)において、本年度日蓮宗大荒行堂初行を成満した副住職の濱島寿文師の帰山報告式が厳粛に執り行われた。当日は、約30名の檀信徒が参列し、寿文師の帰山をお祝いした。
午前10時より成満僧4名が帰山行列を組み、山々にお題目の声と太鼓の音が鳴り響き、本堂に到着した。その後、10時半より、水行が行われ、水しぶきが豪快に舞い、檀信徒の中には思わず手を合わせる人もいた。
引き続き、本堂に移動し、寿文師を導師とした帰山報告式が行われ、100日間培われた力強い読経と木剣の音が堂内に響き渡った。謝辞の中で、濱島文明住職は、「弟子寿文は初行ということで大変でしたが、私どもも初めてのことでした。帰山式を迎えるにあたり不安がありましたが、皆様に支えられて本日を無事迎えることができました。ありがとうございました。」と感謝を述べた。最後に、寿文師が謝辞の中で、「100日間の荒行の中で考えていたことは、心折れそうになりましたが、こうやって、帰山式を待っている皆さんがいることで、心を折れないで成満できました。今後も皆さんのご恩を感じながら、僧侶として妙法公布と東光寺興隆に精進していきたい」と感謝の言葉を述べた。



















