2026年6月11日
東京東 鹿児島護法団参
【東京東】6月11~12日、東京都東部宗務所と東京東部伝道センター主催の鹿児島護法団参が実施され、教師と檀信徒を合わせ48名が参加した。
午前11時頃、鹿児島空港に到着し、バスで薩摩半島南端の指宿市へ出立した。車中で行われた結団式で東京都東部宗務所の鈴木貫元所長は、参加檀徒に御礼を述べ、鹿児島観光を楽しみながら親交を深めて欲しいと話された。また翌日、日蓮宗鹿児島開教の地、護圀山教王寺を参拝する事に触れ、鹿児島に御題目を広め、人々の拠り所を作り上げた情熱を感じて欲しいと語られた。
昼食は唐船峡で回転式そうめん流しと川魚料理を堪能し、薩摩半島最南端の岬『長崎鼻』で海越しの薩摩富士『開聞岳』を一望。その後二手に分かれ『砂むし温泉』と『薩摩伝承館』を満喫した。夕刻からは鹿児島市内に移動し、南九州最大の繁華街『天文館』で薩摩の郷土料理に舌鼓を打ち、源泉かけ流しの温泉宿に泊って一日の疲れを癒した。
2日目は鹿児島市松原町の護圀山教王寺を参拝。第5世冨田晃義住職を導師に御開帳法要が営まれ、その後、冨田住職から縁起についてお話を頂いた。同寺は明治9年に信者たちが『法華宗題目講』を組織して始まったとの事。やがて信者たちの信仰心が実り、大正8年に東京・池上本門寺より祖師像の御分体が遷座され寺号を公称した。そして第二次世界大戦が終戦する昭和20年に奇跡的な出来事が起こった。当時の住職が祖師像に疎開しても良いか尋ねた所、祖師像から「否」という声が聞こえた。その声に従うと6月17日、鹿児島大空襲で辺り一面が焼け野原になる中、同寺だけが無傷できれいに残ったという。翌日から同寺は家を無くした被災者たちの臨時宿泊所として利用され、以来『火防せのお祖師様』として信仰を集め信者が増加した。冨田住職は自身も同寺が人々の心の支えとなり、安らげる場所となるよう尽力していきたいと熱を込めて語られた。
続いて国指定の名勝『仙厳園』を観光。薩摩藩主『島津家』ゆかりの野点御膳を昼食に頂き、雄大な桜島が美しい借景庭園や島津家歴代藩主が暮らした御殿、世界文化遺産の反射炉跡などを鑑賞した。15時半頃、帰路の便に搭乗し1泊2日の護法団参を終えた。



















