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2021年7月4日

静岡中 藤原光親卿没後800年記念式典

静中210716①【静岡中】7月4日御殿場市實成山久成寺において藤原光親卿「天光院殿守法大御神尊」没後800年記念式典及び墓所改修工事竣工式が38世旭英樹住職をはじめ有縁の僧侶檀信徒、大御神区の参列者と共に北山本門寺旭日重猊下を迎えて営まれた。

「葉室光親」こと「藤原光親」は鎌倉前期の公卿で後鳥羽上皇の厚い寵愛を受けた忠臣であり、承久三年(1221年)鎌倉幕府の執権北条義時による朝廷を蔑ろにした専横政治に上皇が怒り、義時追討の院宣を天下に発令、のちに承久の乱と呼ばれる日本史上初の朝廷と武家政権が武力衝突した事件が起こった際、討伐の院宣を執筆するなど朝廷方の中心人物として知られる。

清廉な人柄で無謀な倒幕計画を憂いて上皇に幾度も諫言していたとも伝えられる。

日蓮聖人がお生まれになる前年の出来事であった承久の乱は上皇方が敗北を喫し、光親卿は命令とはいえ追討の院宣を起草したことから幕府方に乱の首謀者とされ、公家の中でも最も重い罪に問われたと考えられている。

囚われの身となった光親は甲斐国の武田五郎信光に伴われ、甲斐に向かう途中の七月十二日、駿河国可古坂(籠坂)峠近くの矢筈山の山中にて斬首とされ無念の死を遂げた。

同行した久成寺の前身、普両庵の僧は、光親の頭髪を剃り出家させ命乞いを願うものの受け入れられなかった。時に光親四十六歳。

光親の遺髪は僧が久成寺境内(大御神林)に葬ったと伝えられている。

執権の子、北条泰時は光親の死後に上皇を諌めるために執筆した諫状を目にし、光親を処刑した事を酷く悔やんだという。

昭和三年、昭和天皇御即位に際し、藤原光親卿に正一位を贈られた。

久成寺では平成三年十二月、(没後七百七十年)小山町大御神区の奉仕により、光親卿の墓所石積み・かさ上げ整備をしたところ、遺髪と亡骸の一部と思しき骨が出土した。

功績を称えて没後八百年に久成寺役員・大御神区の協力により祠を新設し五輪塔を納めた。

案内板を寄贈した久成寺総代で株式会社クロサキシード代表取締役の黒崎一嘉氏は「800年の節目に菩提寺から稀有な機会を戴き幸せを感じています。日蓮聖人やご先祖に見守られながら奉仕を続けた亡き祖父の意志を引き継げた事は有難いです」と振り返った。

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