全国の通信記事
2017年8月2日号
山形 山形市浄光寺の寺子屋
【山形】山形市浄光寺(畑栄明住職)主催の寺子屋が8月2~3日の1泊2日で開催された。この寺子屋は、寺に泊まる経験を通して、仏様の教えにふれたり、自立心を学んだりすることを目的に毎年おこなわれている。本年は総勢24名の少年少女が参加した。
この寺子屋で子供達は食法や唱題行のお勤めを体験する。また、福祉施設との交流会や野草園での木工工作なども含まれており、特に子供達が楽しみにしているのはお寺での肝試しと花火である。
開校式での矢吹海慶師(天童市妙法寺住職)のお説法に続き、仏前作法、唱題行の修行が行われた。食事の時は、食法を唱え無言のまま正座で食事。交流会では花笠踊りと紙芝居を披露した。肝試しで大はしゃぎ、花火で盛り上がって、皆で就寝。寺に泊まるという初めての体験で寝付けない子もいたが、次の日の朝はお勤めも掃除も元気にこなしていた。野草園では木材を切って削ってコマや動物を作ったりした。
時には厳しく、時には楽しく、過ごした寺子屋体験。きっと何かを得て帰ってくれたはずだ。初めは数珠の持ち方も知らなかった子供達も、閉校式では背筋を伸ばして、大きな声で唱題出来る様になっていた。
日蓮大聖人が「子に過ぎたる宝なし」と申されているように、子供達は未来を開く大切な宝である。寺子屋で食法や唱題行を体験し自らの心を律する体験や命の尊さ、感謝の心をもち、健やかな成長の一助となれば幸いである。
2017年8月1日号
長崎 原爆殉難者慰霊行脚
【長崎】八月九日の長崎原爆の日を前に、同月一日に長崎原爆殉難者慰霊行脚が執り行われた。
長崎県内の青年僧を中心に四十四名が参加し、長崎市内の防空本部跡から平和公園までの約四キロを行脚した。
行脚終了後、長崎県日蓮宗青年会の森慈弘会長は「世界から核兵器が無くならない中で、長崎を最後に核兵器が使われたことはありません。歴史を風化させることなく、戦争や原爆から学び、世界平和を祈りましょう。」と、集まった青年僧に呼びかけた。
山梨4 日蓮聖人真蹟御本尊大修理帰山報告式
【山梨4】8月1日午後3時より、山梨県甲州市勝沼町休息1713の立正寺(岩佐宣寿住職)で「日蓮聖人真蹟御本尊大修理帰山報告式」が、修理を監修された中尾曉文立正大学名誉教授を初めとする宗門関係者、山梨県・甲州市の文化財担当者、檀信徒など、およそ50名が参列して、厳粛に営まれた。
立正寺は文武天皇2年(698)に開創された古刹で、山梨でいちばん初めに創建された寺だといわれている。
文永11年、日蓮聖人がこの地を訪れ、「立正安国論」を説法されたところ、時の学頭は日蓮聖人の弟子となり、全山あげて日蓮宗に改宗したといいう記録がある。
日蓮聖人真蹟御本尊の修理を監修した中尾先生によると、このたび修復された曼荼羅本尊は、弘安4年に身延山で染筆されたもので、「仏滅後二千二百三十余年之間、閻浮提之内未曾有代曼荼羅也」と、日蓮聖人によって初めて顕わされた曼荼羅本尊であると意義深いいわれが記されている。
この御本尊は、今から209年前と74年前に修復されているが、このたびの修復は「立教改宗750年の慶讃事業」によるもので、平成27年1月から京都国立博物館修理工房内にて、宇佐美松鶴堂が修復を担当し、表面の汚れを取り、古い裏打ちをはずして、今後折れや亀裂が生じないように最新の技術で補強した。また江戸時代に修復されたときの記録も軸内に収めたのことである。
見事に修復された日蓮聖人真蹟御本尊を前にして岩佐住職は「このたびの修復について、日蓮宗宗門を初め監修してくださった中尾先生、作業をしてくださった松鶴堂さんに心から感謝申し上げます。これからの御本尊護持については、山梨県や甲州市の文化財担当者に指導を受けながら、檀信徒とともに大切に守って行きたい」と決意を述べていた。



















