全国の通信記事
2017年6月5日号
奈良 延山久遠寺団体参拝
【奈良】宗務所(森本竜静所長)は六月五日・六日に総本山身延山久遠寺と静岡市の本山蓮永寺への団体参拝を開催し、僧侶檀信徒七十五人が参加した。初日は身延山で導師を森本所長、副導師を協議員が勤め輪番給仕登詣法要を行った。 翌日は蓮永寺に参拝し、御開帳に続き、貫首猊下より縁起の説明等を拝聴した。初めて参拝する檀信徒も多く、熱心に聞き入っていた。奈良県宗務所では今後も団体参拝を続けていきたいと考えている。
三浦市佛教會で身延山団体参拝
【神奈川二】三浦市には、三十六ヶ寺の様々な宗派の寺院が存在しその内日蓮宗寺院は五ヶ寺が存在する。この二十数年間、毎年一度団体参拝の募集を行い、どこかしらの寺院にお詣りを行っている。本年は、三浦市佛教會会長を日蓮宗大乗寺(住職髙橋謙祐)が就任し、役員に延壽寺(大森太朗、大泉寺(椎名博貴)。
役員会において、身延山参拝が決まり六月五日(月)身延山参拝が行われ総勢百六十六名が参拝した。参加者は大きなお堂に入り、縁起の説明や法話を聞いたり、五重塔を含め境内散策、門前町でひとときを過ごした。
参加者の一人は、今では道路や鉄道が整備され、来やすくなったが、昔にこの山奥の斜面地に日蓮さんはどうやって過ごし、立派なお堂を建てたかと想像すると苦労されたのではとおもいました。また時間をつくり個人的に足を運び参拝したい。と言われました。
また三浦市佛教會では、様々な慰霊法要(漁業の町であるので海上殉難供養、戦没者供養、無縁供養等)に出仕したり、隔年に一度、誰もが参加できる催しも行っている。
2017年6月4日号
愛媛・松山市妙見寺で入退寺式
【愛媛】
6月4日、妙見寺(愛媛県松山市平田町794)において、第9世田坂隆興師退寺式、第10世村口智秀師入寺報告式が営まれた。
ここ妙見寺は、江戸時代の享保年間、松山法華寺第8世至玄院日応上人によって凶作と飢饉によって餓死するものの菩提のため妙経一字一石首題の供養塔を建立されたことが始まりである。その後、堂塔建立、移建を経て、明治12年に柔和院日順上人によって寺号公称された。
田坂師は、松山刑務所教誨師・松山市第4分区保護司として社会貢献されており、宗門では協議員議長を歴任されている。平成6年には妙見大菩薩の勧請250年記念事業として本堂庫裡を新築落慶して寺観を一新。昭和58年に法燈継承して以来34年間にわたり弱々しかった法の灯火を確かな光になるよう尽力された。
当日は、村口新住職の新しい門出を祝うかの如く見事な晴天に恵まれ、午前10時30からの松山門中会、県内外の関係教師や檀信徒約100名が温かく見守る中、田坂上人退寺式・村口智秀上人入寺報告式が執り行われ、田坂師から村口師へ法燈が継承された。村口師は仏祖三宝への奉告と共に、仏祖への給仕・行学二道の精進・寺門興隆の誓いを述べた。
式中、清家静元愛媛県宗務所長・松山門中会を代表して中臣泰斎宗会議員より「檀家さんだけではなくお寺の益がより多くの方に行き渡るようにこの妙見寺を繁栄させてください」と祝辞があり、田坂師・村口師は感慨深く聞いていた。
挨拶では田坂師が「東中南を分かたず未熟な私を支えてくださった県内のお上人方、本当にありがとうございました。檀信徒の方々、ご寺院方にも鬼籍に入られた方も多ございます。その方々も含めて心より御礼申し上げます。本当に長い間お世話になりました。」と謝辞を述べた。
また村口師が「想いを子から孫へと繋いでいった先に願いが叶うと信じております。私はまだまだ未熟で経験不足で山号にもあるように亀の歩みになるかもしれませんが、一歩一歩確実に歩んで頂ければと思います。本日はご出席頂きましてありがとうございました。」と、新住職としての決意を述べた。
最後に、総代を代表して古川禎一氏が「私共、檀信徒一同も新住職村口智秀上人のお導きのもと、一丸となってお寺を盛り上げ受け継がれた妙見寺の法灯をお守りしていくことをここに宣言いたしましてご挨拶といたします。本日は誠に有難うございました。」と挨拶された。



















