2015年5月15日
神奈川3・岩田辨隆・慈光院日辨上人本葬儀
【神奈川3】去る五月十五日(金)、小田原市上町 海近山廣宣寺(髙橋聖児住職)に於いて第四十二世 慈光院日辨上人(岩田辨隆聖人 世壽一〇二歳)の本葬義が、関東堺法縁法縁長 谷中感応寺 小倉俊学僧正を導師に迎え、管内有縁の各聖式衆のもと執り行われた。当日は管内外有縁の寺院・地元仏教会寺院・廣宣寺寺族・檀信徒、総勢一〇〇名近い方々が岩田辨隆上人のご遺徳を偲び参列した。午前十一時、伶倫による厳かな奏楽の内、小倉導師が入堂。読経の後、導師による歎徳がなされた。続いて、神奈川県第三部宗務所・山崎浩道所長(小林順光宗務総長代読)、協和会・戸田教栄会長、総代から弔辞が奉読され、参列者全員で上人の増円妙道を祈念した。法要の閉式にあたり、廣宣寺正干与人・金子元彦僧正より「どうかご参列の皆々様には今後尚一層ご当山とのご厚諠を下さりますよう、心からお願い申し上げお礼のご挨拶と致します」と謝辞が述べられた。続いて廣宣寺現当・髙橋聖児上人の謝辞に移り「本堂・書院の建立に際し祖父から自分がお金を出すから供養をやらしていただきたいと申し出があった時、祖父の凄さを知りました。また建設中には、早朝雨の日も風の日も数キロ離れた仮本堂に歩いておもむき朝勤をしておりました。八十を過ぎた祖父がそのようなことをするのはさぞかし大変であったことと思います。そのことを想うと頭が下がる次第でございます」と先代との思い出を述べた。法要後には大磯プリンスホテルに移り、上人を偲び導師を勤めた小倉僧正、またご臨席いただいた本山海長寺 菅野日彰貫首から上人へのお言葉を頂戴し、上人の生前のご遺徳を偲んだ。



















