全国の通信記事
2025年12月14日号
福井北 訃報・赤星龍寛師
【福井北】令和七年十二月十四日、福井県大野市真應山圓立寺第三十三世赤星龍寛上人の遷化に伴い、圓立寺本堂にて同月十八日に本葬儀が執り行われた。世寿七十四歳。法号は開顕院日久上人。葬儀は、圓立寺干与町田龍賢上人を導師に宗内外多数の僧侶、檀信徒が参列し、故人の遺徳を偲びつつ、報恩感謝と追悼の誠を捧げた。
圓立寺は弘治二年(1556)創建で、越前大野藩初代藩主松平直良公(福井藩主松平秀康の六男)の菩提寺でもある古刹。上人は師父より当寺の法燈を継承し、平成十八年に日蓮宗大荒行五行皆伝を受け、師子三代に渡り修法教化と宗学研鑽、寺門興隆に尽力され、福井県北部協議委員、同管区修法師会会長、全国日蓮宗修法師連合会北陸教区理事などの要職を歴任。爾来、檀信徒教化を第一とし、地域社会との融和を重んじつつ、法燈護持と寺門護持に尽力された。
また、地域のボーイスカウトにも精力的に活動され、その人柄と確かな指導力により、檀信徒のみならず広く地域興隆に貢献されていた。
2025年12月13日号
山梨3 歳末助け合い唱題行
【山梨3】12月13日、山梨県第三部宗務所(岡本正富宗務所長)・同檀信徒協議会(金丸忠仁会長)は韮崎市本町、大蓮寺(望月義仁住職)を出発地に毎年恒例の「歳末助け合い唱題行脚」を行った。
開催当日、出発会場となった大蓮寺には管内教師、檀信徒合わせて80名程の参加者が集まった。当日は寒波の影響で、12月としては非常に寒い1日となり、昨年と同様、厳しい寒さの中での行脚となった。
参加者から成る長い隊列は、教師と檀信徒の代表が掲げる玄題旗を先頭に出発し、それぞれが被災地や世界平和への想いを胸に、力強くお題目を唱え、歩みを進めた。出発に際し、望月住職から挨拶があり、「大蓮寺周辺を行脚隊が歩くのは20数年ぶりです。大変ありがたく、皆様のお題目の声を、近隣の皆様、道行く方々に届けてほしい」と述べた。
今回は韮崎市街地を中心に行脚し、JR韮崎駅前を経由して、出発点の大蓮寺まで戻る、約3キロメートル弱の行程を二時間かけて練り歩いた。
唱題と団扇太鼓の音に誘われ、沿道や民家には手を合わせ行脚隊を見守る近隣住民が多数出てきてくれた「寒い中ご苦労様です。頑張ってください!」と、たくさんの温かい声かけと同時に、久しぶりの行脚だったこともり、「これはどんな行事ですか?」と尋ねてくる住民もいたが、このような方々にもお題目に触れる良い機会となった。
今回の唱題行脚で集まった義援金56万0943円は、公益財団法人「山梨YBS厚生文化事業団」へ寄託され、頻発する自然災害等の復興財源として活用される予定である。
京都1 洛陽十二支妙見会宝剣引継大祭
【京都1】12月13日(土)洛陽十二支妙見会(守玄院住職 梅本光祥会長)による令和7年度宝剣引継大祭が、東山の「巳の妙見さん」日體寺(落井良紀住職)で行われた。天候にも恵まれ、更には東山という立地から観光の方までもが法要前の水行を見学され、引継ぎ法要では本堂に満員の参拝者で埋め尽くされ華々しい大祭であった。
法要では、「巳」の妙見さまの日體寺より「午」の妙見さまの本教寺(佐藤文則住職)へ宝剣が引き継がれた。式中には、巳の妙見様より「天馬空を行くというように自由な発想で本年は駒(困)た事のない良い年になるようウマ(馬)くやって下さい。」と口上され、午の妙見さまは「巳の妙見さま、一年大変ご苦労さ馬でした。明年は馬車馬のように働いて働いて働いて働いて馬(ま)いります。」と世情も鑑みた口上で答えられた。
法要後の落井良紀師(日體寺住職)の法話では、「巳」は蜷局を巻くような様子から縁を繋いでいただいております。「巳」ですので財運を繋がれるという意味を持たれがちですが、財運とは財産を表しているのでお金だけではなく人とのご縁や物とのご縁も巡りめぐってくるという
所以であると話された。
さらには、「巳歳で縁を繋いだからこそ来年の午歳は上ウマ(馬)く行く年になる」と「巳」の妙見さまらしく蜷局の如く堂内に笑いの渦を起こし締めくくられた。



















