全国の通信記事
2015年2月11日号
四行 高鍋鳳憲師の帰山式
【三重】去る2月11日、三重県四日市市追分教会において、追分教会担任 高鍋鳳憲上人、大荒行堂第再々行400日成満帰山奉告式が厳修された。
髙鍋上人にとって、今回の荒行堂入行は、平成21年の第参行入行から数えて6年ぶりの入行となる。
当日の四日市市は、風穏やかな 文字通りの日本晴れとなり、行列に申し分ない天候となった。
午前10時。近畿日本鉄道 追分駅前より行列が出発。髙鍋上人ほか4人の成満僧、そして髙鍋上人の帰りを待ちわびた追分教会信徒による行列が、『大荒行成満』ののぼり旗はためかせ、約10分強の行程を経て追分教会に向かう。
追分教会到着後 間もなく、教会の本堂前にて水行式が披露。次いで本堂内において髙鍋上人の親族一同による法華和讃が奉唱された。
午前10時30分過ぎ、本堂内において400日成満帰山奉告式が厳修。帰山奉告文において髙鍋上人は、『大荒行成満は我ひとりの苦行の成果にあらず(中略)檀信徒各位の御力なり。また家族の力、大なり。留守を守るそれぞれの方々に感謝御礼申し上げる』と丁寧に各方面への御礼を述べられ、一人ひとりへの厚い感謝の気持ちが強く伝わる奉告をされた。
奉告式にあたっての祝辞として、まず管区を代表し、三重県宗務所長田中正法上人(三重県伊賀市上行寺住職)より祝辞を賜った。
田中上人は、髙鍋上人はじめ成満僧へのお祝いの後、檀信徒一同に対して「檀信徒、そして奥様の留守番あっての400日ご成満です。皆さまお留守番、ご苦労様でございました」と述べられた。折しもこの2月末で、追分教会の先代担任 小林智賢上人が遷化されてちょうど10年となる。
田中上人は「400日ご成満された髙鍋上人の今の姿に、きっと小林上人も喜んでいらっしゃることと思います。この上は、さらに五行を、教会の益々のご繁栄と、さらなる法華経流布へのご精進に頑張っていただきたく思います」と笑顔で祝辞を述べられた。
次いで、三重県の修法師会より修法師会長 髙津憲城上人(三重県伊勢市常明寺住職)が祝辞を述べられた。髙津上人は、髙鍋上人ほか各上人へのお祝いの言葉に加え、「通算400日、本日より檀信徒教化のため精進され、また、法華経流布のため修法・布教に頑張っていただきますようお祈り申し上げます」と激励の言葉をかけられた。
次いで法縁を代表し、西片元證上人(三重県四日市市安楽寺住職)より祝辞を賜った。西片上人は「髙鍋上人お帰りなさい、おめでとうございます。(中略)お待ちになってる皆さん、特に100日間待たれたお母様や奥様は特に大変であったことと思います」と述べられ、「髙鍋上人はこれから新たな修行が始まります。(中略)これからはご家族・檀信徒と支え合い、ますます追分教会を発展させていただきたい」との思いを述べられた。
最後に髙鍋上人から謝辞が述べられた。
髙鍋上人はお礼の述べた後、「なれた気持ちで(大荒行堂に)行ってしまいましたら、大きな『間違い』でございました。何を間違ったかと言いましたら、『歳をとっていた(のを失念していた)ということ』です」と述べられ、信徒を笑みで湧かせた。
「(以前の行での経験と比べ)体内の脂分の減りが顕著になり、肌の乾燥で出来るヒビが手にとどまらず、水行の水を受けた背中にも走り、どの白衣も血で染まってしまった。『コレが歳なんだな』と(感じた)」と続けて話す髙鍋上人の言葉に、先ほどまでの笑みとは打って変わり、信徒の目はみな細まり、合掌の手にもより力が込めらたようにも見えた。
「再々行は水神相承。水というものは私たちの身体のバランスを保つ源です。(中略)今回学んだことを、お悩みなどに役立てていきたいと思います。本日はありがとうございました」と述べられ、髙鍋上人は謝辞を終えられた。
『僧俗一体』それに加えて、帰りを待ちわびる家族の光景を思わせる、アットホームさを持ったように感じた帰山式だった。
参籠井村大應師の帰山報告式
【千葉東】
が2月11日に東金市宝蔵寺(井村師自坊)で、22日に井村師が代務住職を務める大網白里市東光寺で営まれた。井村師は挨拶で「生きていれば辛いことや嫌なことがたくさんある。しかし、それをすべてありがたいことと受け止め感謝を捧げることが良い縁に変わっていく。そのためにも〝南無妙法蓮華経〟を唱えてください」と述べた。
参行 藤田文経師の帰山式
【大阪市】平成二十七年二月十一日(水・祝)午前十時より、玉作山薬王寺に於いて、藤田文経・上泉院日明上人、日蓮宗大荒行堂第参行成満帰山奉告式が厳修され、同日午前十一時より慈光山龍泉寺にて、下土井啓晋・慈妙院日晋上人、十五日(日)午前十一時より高照山本傳寺にて、丸田英仁・順顗院日煌上人、二十日(金)午後二時より、妙法山雲雷寺にて、伊丹瑞廣・瑞雲院日潤上人各師の第初行成満帰山奉告式が厳修された。
式に先立ち、各師はそれぞれ行列にて自坊へ帰山。尊神様を御宝前へ安置、一読の後、本堂前境内にて水行式を執り行ない、自坊本堂御宝前に於いて、無事仏祖三宝へ帰山の奉告をするとともに、これからの不退転の法華経弘通と、修法道の研鑽をお誓いした。
第初行伊丹上人の帰山奉告式は、本来は十一日の午後一時より執り行われる予定であった。しかし、当日の午前中に体調を崩し、入院せざるを得ない事態となり、予定されていた帰山奉告式は、急遽鬼子母尊神様の帰山遷座式として、第参行藤田上人が導師を勤め奉行された。
壹百日過酷な修行を続けた行僧の体には、自身が思う以上に疲労が蓄積されている。充分な休息を心掛けていただきたい。



















