全国の通信記事
2025年11月9日号
栃木 さくら市妙福寺お会式
【栃木】11月9日(日)さくら市妙福寺(野澤壯監住職)で報恩会式法要が行われた。管内僧侶、檀信徒を含め、約30人が参列した。
纏のお囃子で檀信徒や子ども寺子屋に参加されている子どもたちでお祭りを盛り上げ、法要で日蓮大聖人744遠忌の報恩感謝を捧げた後、檀信徒に向けて特別祈祷が行われた。
その後、宮崎県都農町 龍雲寺住職 吉田憲由師による高座説教が行われた。吉田師は平成18年に知り合いも一人もいない都農町に家族で移住し、地域の方々と一から縁を結び、地域一体となって平成26年に新本堂庫裏を建立した。今では大学卒業後のミュージシャンを目指した経緯から『ギターを抱えたお坊さん』として老人ホームでのボランティア活動や全国で法話活動をされている。令和6年度の日蓮宗大荒行堂で五行成満され、宗門内外でご活躍をされている。吉田師は「縁というものは良い縁もあれば悪い縁もある。しかしその縁によって教えられ、気づかされることが人生には往々にしてある。その縁をどうとらえるかによって今後の人生は変わる。その時に気付かずともお題目を信じ、まっすぐ生きていく中に振り返り気づかされる時が必ず来る。」とし、檀信徒はその話を聴き、頷いていた。
最後に落合崇史さんによるコンサートが行われた。落合さんは東京藝術大学 作曲科を卒業後、演劇・ミュージカルの音楽監督としても活動されている。
講演後、参加者は満ち足りた様子で帰路に着いた。
2025年10月31日号
栃木県大田原市護法寺 第2世中島教之上人本葬儀
【栃木】令和7年10月31日、栃木県大田原市 長遠山護法寺(中島啓文住職)において同年10月23日に遷化した第2世中島教之上人(玄妙院日教上人)の本葬儀が営まれた。世寿80歳。前日には通夜も営まれ、通夜・葬儀ともに導師に大田原市正法寺住職 中井本秀僧正 副導師に那須塩原市妙要寺住職 岩橋玄昌僧正・那須塩原市等覚院住職 藤﨑善隆僧正、式衆には法縁・管内有縁の僧侶が出仕して執り行われた。
教之上人は昭和49年に東京都池上において㈱水書坊を設立し、月刊「ナーム」誌刊行、編集長もされ、51年に南無の会を発足し、辻説法や南無行等を各地で行い、翌年護法寺の法燈を継承された。55年には柴又題経寺の執事もされた。平成14年、前住職の遷化に伴い、護法寺に帰住。平成21年~令和2年まで教誨師として活動し、大田原市に戻られてからも説法をされ、話された事は今も多くの方々の心に残っている。
2025年10月28日号
埼玉県声明師会講習会
10月28日、埼玉県声明師会では、新宿・瑞光寺にて星野顕総住職を講師にお迎えして「法服・袈裟・法衣について」の講義を受けました。
星野住職からはまず、「法服とは僧侶の服装であり、釈尊が出家者と在家の人を区別するために考えられたもの」とのお話がありました。その形は阿難尊者が田んぼの区割りを見て発想した田相衣に由来するとのこと。
袈裟については、「律衣」と「官衣」の二つに分かれ、五条・七条といった条数にも意味があることが解説されました。特に、青森・蓮華寺の角田上人による“折五条”の考案など、伝統の中にも時代に合わせた工夫がなされていることが紹介されました。
本宗独自の直綴(本衣)や素絹、指貫などについても解説があり、袖裏の色や紐の組み方など細部にわたる規定が、僧侶としての清浄と端正を表すものであることを学びました。
講義の後には、実際に衣を着装する体験も行われました。星野住職は「衣は心を正すためのもの」と語られ、その言葉が心に深く残りました。
講義を終えて、声明師会星会長は「普段なかなか目にすることのない貴重な衣を間近に拝見し、詳しく学ぶことができ大変勉強になった。今回の学びを今後の活動に活かしていきたい」と挨拶されました。
参加者一同、衣に込められた教えの尊さを改めて感じ、僧侶としての自覚を新たにする一日となりました。



















