全国の通信記事
2026年2月18日号
東京北 立正安国世界平和大國祷会
【東京北】台東区今戸 長昌寺で2月18日、立正安国世界平和大國祷会が、本年日蓮宗加行所を成満した10名の行僧と、正観世音菩薩御縁日出仕僧の会「世尊会」の修法師、檀信徒の方々多数参列のなか、盛大に行われた。春を思わせる暖かい陽射しの中、成満した行僧の水行式を、第再々行を成満された富田泰陽師(東京港区大法寺住職 以下、富田師)御導師のもとに行われた。その後、同寺観音堂にて望月隆健師を修法導師に、立正安国世界平和大國祷会が厳修された。法要後、御出仕の行僧を代表して第三行 佐々木隆教師より謝辞があり、長昌寺にお招き頂いた御礼と挨拶を述べられた。「日蓮宗の大荒行堂では11月1日から2月10日までの一番寒い時期に水をかぶって、水行と水行の間にお経をあげる、という様な修行でございます。朝の3時から夜の11時まで1日7回、その7回の水行の間は読誦をいたします。私に面会にいらっしゃった檀信徒さまが『水行をする際に中山法華経寺のどこに滝があるのでしょうか』とおっしゃったのですが、奥の方に滝があってそこで浴びてるイメージをお持ちだったようですが、実際はそうではないのです。日蓮宗の荒行堂では自ら水をかぶって六根(肉体)を清浄していくのですが、そこでかぶる水は自然に流れている水ではなく、自ら水を取るということに大きな違いがあるのです。まずどこにかぶるかというと頭では無く、今日皆様に撰経をあてさせていただいた首の後ろ側、ここに風門というツボがあります。ここに人体の色々な物が集約されているそうです。なので、ここに何か影響があると全身に行き渡るそうです。ですからこの風門に何か邪な物が入ると風邪になる。だから風邪と書くそうです。それ故にここに水をかけ清浄にするのです。その水もただの水ではなく、水行桶にお経文を書いて諸天善神の御力をいただくのです。ここに1日7回水を当てて六根を清浄にしていく。荒行堂では100日ある間、最初の35日間は自らの六根を清浄にする。この35日間を荒行堂の結界に入り五段の邪気を払い清浄にしていく、【自行期間】といいます。残り65日を【化他行】といいます。皆さんに対して自行期間で得た清浄な物を授ける。そのために荒行中に撰経を書いて、それを皆さんの風門に当てます。身体の悪い人には身体が良くなるように。すぐ周りの人と喧嘩をしてしまう様な人には怒らないように。お経と水行の力を注入するわけでございます。ただ一つ大切なことですが、その力は目には見えない物です。例えば、人間関係でいくら相手に愛情を注いで貰ったところで相手の方を向いていなければ愛情を受け取ることが出来ません。今日この長昌寺様には観音様のお力と行僧さんのお力がたくさん来ています。ですから皆様自身がとても功徳が来ているんだな、と身体で感じてそれをお持ち帰りいただき、明日からも幸せになれるように手を合わせていただければと存じます。本日はありがとうございました」と述べられ、温かい拍手に包まれた。
2026年1月20日号
東京北 寒行
【東京北】大寒の一月二十日より節分の二月三日の十五日間に渡り、東京都北部管内寺院有志による寒修行が行われ、隊列を組んだ寒修行僧の大きな声と太鼓が谷中の町に響き渡った。
日蓮宗では一年で最も冷え込む大寒の時期に御題目「南無妙法蓮華経」を唱え、団扇太鼓を打ち鳴らす寒修行(唱題行脚)が各地の日蓮宗寺院で行われている。東京北部では谷中を拠点として、池之端や北区の寺院に至るまで唱題行脚をして巡っている。本年は一度も雨天中止とならず、最終日は月明かりが照らす中、無事に終了することが出来た。
路上にて地域の皆様の年中安泰を祈り、各寺院では御祈念と先師に対する御回向と報恩感謝を申し上げた。寒空の中、毎日お迎えをして頂いた各寺院の関係者、町中や軒先にて手を合わせてお祈り頂いた町の皆様に触れ、長年続く寒修行の意義と歴代参加の僧侶の想いを実感した十五日間であった。
2025年12月4日号
東京北 第65回教師研修
【東京北】令和7年12月4日、東京都北部布教師会主催の第65回教師研修会が東浅草 正法寺(佐野詮修住職)に於いて開催された。
講師には開催寺院のご住職である佐野詮修上人より「~寺を取り巻く歴史・文化の魅力を発信 大河ドラマ「べらぼう」と正法寺の取り組み~」と題してお話を頂戴した。
令和7年より現在放送中のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺』の主人公 蔦屋重三郎(喜多川柯理)の菩提寺でもある浅草正法寺、ドラマの放送を契機に寺や郷土の歴史・文化の魅力をいかに工夫して発信してきたか、地域・行政・ミュージアム等との協働・連携、SNS・ホームページ・印刷物等の活用、新聞・雑誌等メディア関係の取材対応、聖地巡礼に訪れた参拝者等への対応など、その成果と課題について、詳しくお話を頂戴した。
まずもって大変苦労されたのは正法寺様は関東大震災、東京大空襲といった幾度の被災により過去帳・什物等、歴史を辿る多くの術を失っていることから、国会図書館、台東区図書館等に趣き様々な文献を収集することであった。そして情報の発信においてはホームページを開設して居なかった為、無料であった宗門のHP作成サービスを活用し情報の発信、XでHPでの記事を投稿し、お参りに来た歴史インスタグラマーと言った発信力のある方々にフォローをして頂いたことが大変良かったという。また、墓碑の近くに貼り紙をすることによってお参りするのに沿って情報を伝えられた事が結果、本質を理解することに繋がって数多くに方々に大変丁寧にご参拝頂くことが出来たと仰る。一年間を通してお寺の法務と年間行事がある中で檀信徒との兼ね合いもありつつ、法務中においてもお参りに来る一般参拝客の対応等、千載一遇の機会と思い日々、努力を重ねてきたが振り返ってみると至らなかった点が多く力不足であったとお話になる。また、「寺離れ、宗教離れ」と言われている昨今にあっても、今回大河ドラマを通して色々な人と関わりの中で、我々僧侶は「神仏と関わる者」「一般人と違う存在」として対応される部分を思ったより感じる事ができ、それは自分の力ではなく、日本人の根底にある信仰の現れではないかと仰る。それが無くならないよう、ご自身も精進していくと述べられた。最後に研修会参加者一同と蔦屋重三郎家の墓碑の前で一読し、追善供養をして講習会は無事閉会となった。
今回お世話になった東浅草 正法寺は天正10年(1582年「本能寺の変」の年)に心壽院日位上人により開山され、日位上人は日蓮宗中興 一如院日重上人の直弟で比叡山遊学の折に毘沙門天の尊体を感得、学頭の許しを得て関東に下向し隅田川の辺りに庵室を結ぶ。毘沙門天を奉安し日夜法華経読誦するところ、通りがかりの徳川家一行より天下平定成就の依願を受けて「謄精を抽んじ祈祷し」徳川の世となった暁に東照神君より寺領(現在の正法寺、東浅草の地)を賜り、日位上人の生国 越前城主松平越前守の祈祷所となる。
江戸中頃には祈祷の大家 唯観院日勇上人が唯観院流という修法の流派をなし活躍、江戸後期には浮世絵の版元・江戸の大文化人である蔦屋重三郎家の信仰を請けご先祖が葬られその供養菩提を今も弔っている。
関東大震災、東京大空襲等幾度の苦難があったが、歴代砕身の護寺丹精が重ねられ平成6年には寺観新たとなり、毘沙門天の霊威いよいよ盛んにして法灯を現在に伝えている。



















