全国の通信記事
2026年7月22日号
兵庫西 夏期修養道場
【兵庫西】兵庫西部青年会(石原弘淳会長)は、7月22日・23日の1泊2日の日程で、毎年恒例の「小中学生のための夏期修養道場」を加古川市法徳寺(花房英俊住職)で開催した。小学2年生から6年生の児童30名が集まり、初日は読経練習や仏教の話を通して、お寺での作法や命の尊さについて学んだ。また、伝統工芸体験では、特殊な加工が施された箸を一人ひとりが削り、自分だけの箸作りに挑戦した。夕食はバーベキューを囲み、夜は花火や映画鑑賞を楽しみ、参加者同士の親睦を育んだ。
2日目にはヤクルト工場を見学し、乳酸菌の働きや健康との関わりについて学ぶとともに、最新の生産ラインや品質管理体制にも触れ、食の安全への理解を深めた。
参加者の中には初めてお寺を訪れた子どもも多く見られたが、二日間の修養を終える頃には笑顔があふれ、修了式では「楽しかったです。来年も必ず参加します」と元気よく挨拶する姿が見られた。仏教に親しみ、仲間との絆を深めるとともに、お寺を身近に感じる有意義な二日間となった。
2026年6月14日号
兵庫西 檀信徒協議会総会
【兵庫西】6月14日、宗務所(神崎郡蓮泉寺安積尚志所長)で令和8年度檀信徒協議会(小林良平・姫路市五軒邸法華寺総代)総会が開催された。僧侶・檀信徒 37名が参加し、まず本堂で安積所長を導師に会員物故者追善法要を行った。その後、総会では小林会長、安積所長がそれぞれ挨拶をし、出席者の自己紹介が行われた。議事では令和7年度事業告、会計決算·監査報告、令和8年度事業計画案、会計予算案等が審議された。総会後、三好雅俊専任布教師(赤穂市高光寺修徒)が法話「信じることで成り立つ世界」を行い、三好師は書籍『サビエンス全史」の内容を紹介しつつ、宗教が成り立つ条件は「信じること」であり、それは私たち人類が暮らす世界全体にとって重要なことであると述べ、檀信徒として法華経・お題目への信仰を大切にしていただきたいと締めくくった。
2026年5月6日号
兵庫西 愛染明王・不動明王奉迎
【兵庫西】5 月 6 日妙経寺(中村晋立住職)で70名を超える檀信徒が参列し、約400年前、同寺に奉安されていた愛染明王・不動明王奉迎記念法要が行われた。同寺に尽力された方々の遺徳を顕彰し、山門発展と檀信徒の安穏を祈念した。法要後には立正大学名誉教授の中尾堯師により『大塩 妙経寺の歴史と寺宝』と題しての記念講演が行われた。中尾教授は、当時の時代背景と開創以降の同寺の歴史を紹介し、現在との繋がりを語られた。住職は「何年ぶりにお帰りになっただろうか。このふるさとの潮の風を、どのように感じておられるだろうか。」と両明王に問いかけ、さらに「この稀有な出来事に驚いたが、両明王に出逢えて良かった。両明王は、400 年前の出来事が今に繋がっていることを私たちに示された。私たちも 400 年先につながるような生き方をせねばならない。」と述べた。
事の始まりは、令和 7 年 10 月に東京墨田区のすみだ郷土文化資料館において、かつて押上にあった最教寺(現在は八王子、茂田井教洵住職)の仏像や什物の企画展が開催されたことによる。
展示された中の一体の愛染明王が、台座裏銘記から「播州大塩」の「妙経寺」において「住寺安全坊」のもとで「与左衛門」を願主として慶長 7 年に「尊陽院日誉」により開眼された仏像であることが判明。不動明王には銘記はないが面貌や体軀、着衣の表現などが愛染明王像と近似しており、同時期に一具の像として製作されたものと考えられる。
妙経寺(中村晋立住職)では、本願人が酒屋与左衛門であることや、2世が安全院日受上人であることはわかっていたものの、開創年度や由緒、縁起については諸説があった。この両明王の出現で、慶長7年には妙経寺としてスタートしていたことが明らかになったのである。中村住職は、同年6月、資料館からの知らせを受け、同資料館へ赴き再開を果たした。かつて同山に奉安されていた愛染明王・不動明王に出逢い、とても感銘を受け、423年の歳月、妙経寺を守り続けてきた歴代住職や檀信徒と共に、このご縁を喜びたいと考えた。そして、現在祀られている最教寺( 茂田井住職)に里帰りを依頼し、快諾をいただいたのである。
4月22日、最教寺より茂田井住職が愛染明王・不動明王を両手に抱えて妙経寺山門をくぐった。参道では参集の檀信徒がお迎えのお題目を唱え、本堂では地元で活動する「和太鼓衆潮舞」による奉納太鼓により両明王の里帰りを歓迎し、5月6日の記念法要に至った。



















