全国の通信記事
2025年4月5日号
長崎 原城一揆まつり
【長崎】春爛漫の4月5日。長崎県南島原市において、原城一揆まつりが行われ、近隣日蓮宗寺院有志と共に原城本丸広場において原城一揆慰霊祭を行った。
世界遺産として登録され7年。観光名所として賑わう原城址であるが、約390年前 この地では幕府軍12万5千人の軍勢によって、原城に立て籠もさられた反乱(農民)軍3万7千人余りの人が非業の最期を迎えた所であることは忘れてはならない。この戦により両軍合わせて約4万人の人命が失われ、国内の農民一揆として外に類を見ない歴史であり、日本史において「島原の乱」のフレーズは読者の皆様も記憶に残っていることだと思う。
あいにくの天候により追悼スカイランタンは出来なかったが、ライトアップされた満開の桜が会場に花をそえ、近隣寺院の檀信徒・市内外民ら約200名が参列。当地一帯に散乱していた遺骨を集め納められた「ホネカミ地蔵」前にて一読・献花を行なった。その後、唱題行脚にて本丸広場へ移動し慰霊法要を厳修し、死没者の供養のための20万枚のお題目写経が、奉納された。
法華経・お題目の信仰者として、この地に縁があり住む者の1人として、歴史的事実は厳粛に受け止め、慰霊なくして真の平和なしの言葉の通り繰り返し続けていかなくてはならない。
今年は、終戦80年。お釈迦様が7歩目を歩み出されたように、私たちも次のステップにむかい、今の時世だからこそ何が大事なのか、もう1度本気で考え直さなければならないと痛感した。
2025年2月15日号
長崎 信徒青年の集い総会
【長崎】平成15年以来、例年県内の信徒青年の集いを開催している。19回目となる今回は大村市の妙宣寺・法照寺を会場として2月15・16日に行われた。多くの檀信徒が県内各地から参集し、1泊2日の日程で信徒青年活動を深めた。
1日目の冒頭に妙宣寺御宝前において法味言上し、参加者の研修が成就することを祈願した。総会においては、昨年度の活動を振り返り、決算報告や次年度の活動計画を協議した。参加している1人1人が菩提寺の檀信徒の中心となり、菩提寺への参拝や行事を盛り上げていく、ひいては宗門運動の一助となる意識を持ち続けていくことを確認し合った。
会としての大きな出来事として、新しい『信徒青年の誓い』を採択した。これは、旧来の信徒青年の誓いを継承しつつ、この時代を力強く乗り越えていくため「いのちに合掌」を推進するためのものだ。
研修では昨年に引き続き、宗務院太田順祥伝道企画課長に講演をいただいた。「いのちに合掌」をテーマにお話しいただき、「合掌」を軸にして他の宗派にない日蓮宗の合掌に備わる但行礼拝の心が、参加者に深く染み込んだようであった。
その後の懇親会では、信徒青年同士の交流はもちろんのこと、教師との交流も活発に行われ、まさに僧俗一体。たのしいひと時であった。
2日目は宗務所書記の堀田泰基上人が勤める大村市法照寺に団参した。当日は堀田上人の第三行帰山奉告式が行われ、行列・水行・帰山式・特別祈祷に参列することができた。帰山奉告式にはじめて参加する信徒青年も多く、貴重な機会となった。信徒青年の『横』の繋がりがあるからこそ得られた貴重な機会だったと感じる。
全国的に見て、当県は信徒青年会が組織されている寺院が多い。それでもまだまだ1寺院1信徒青年会づくりの道程は遠い。この意気を一過性のものとせず、推し進めることでさらに信徒青年会の活動を広げていきたい。
2024年10月21日号
長崎 声明師会発会40周年「法華懺法会」
【長崎】十月二十一日、日蓮宗長崎県声明師会発会四十周年竝能登半島復興祈念「法華懺法会」が長崎県川棚町常在寺(合川泰通住職)にて執り行われ檀信徒約百五十人が参列した。
法華懺法(ほっけせんぼう)とは、私たちが日々の生活で意識的であれ無意識であれ犯してしまった罪を悔い改め、信心を清らかにするための法要である。御仏に対して自らの罪と向き合い悔い改める意味合いがある。
今回の法要は、長崎県声明師会(合川泰通会長)が昭和五十九年に発会し、四十周年にあたる今年、特別な法要で祝おうと、法華懺法を定期的に行われている石川県から河﨑俊宏上人(本延寺・妙相寺住職)を講師としてお呼びし、前日に講義を受け、翌日法華懺法法要を行う予定であった。
しかし本年正月「令和六年能登半島地震」が起こり、河﨑上人のお寺も甚大な被害を受け、そのような状況で慶賀の法要を行うべきではないのではないかとの思いも生じたが、河﨑上人から「予定通り行って下さい。長崎に指導に行くことを励みに、折れそうな心に鞭打って頑張りますから」との連絡を受け予定通り開催することになった。
当初は声明師会で勤修するつもりであったが、能登地震を受け、日蓮宗長崎県宗務所(妙法寺住職・渡部智文所長)の後援、並びに修法師会・布教師会・社教会・青年会の協力を得て、法要中に特別に行う卒塔婆供養を長崎県各寺院・檀信徒に募集をかけ、納めて頂いた御供養料は全額能登半島地震義援金とするようになされた。
法要には博多の日蓮聖人護持教会様より拝借した多宝塔を御宝前に安置し、京都護国寺院首上田尚教声明導師ご臨席のもと長崎県内有志のお上人並びに九州声明師の会の有志のお上人総勢約三十五人が関り盛大かつ厳粛に執り行われた。
長崎県内日蓮宗檀信徒より約千四百本の卒塔婆の申込みがあり、その御供養料約三百万円全額が義援金として河﨑上人を通じて能登に送られた。