全国の通信記事
2025年4月24日号
熊本 「送る―熊本県下の精霊流し」展
【熊本】菊池市妙蓮寺(堀尾義透住職)では毎年8月17日に精霊流しを実施しているが、熊本博物館で3月25日から6月1日まで開催中の展覧会「送る―熊本県下の精霊流し」にて、精霊流しで使用される精霊舟が展示されている。この展覧会では妙蓮寺をはじめ県内7カ所の精霊流しが紹介されている。
妙蓮寺の精霊流しは300年以上の伝統がある行事で、初盆を迎えた家族や檀信徒などが集まり、菊池市中心部を流れる迫間川に、麦わらや竹で作られた全長約5メートルの精霊舟2艘や紙灯篭約200個が流される。特に精霊舟の制作は、数日かけて舟の躯体を竹で作り、行事当日の午前中に麦わらをつけて船体を完成させ、午後に檀信徒が施餓鬼幡や紙花で飾り付けるなど大掛かりな作業という。
また、今回の出展を記念した切り絵御首題を企画。博物館でも頒布され開催中の売り上げの一部を能登半島地震の義援金に充てるという。
今回の展示にあたり堀尾大悟副住職は「博物館に収蔵される事は名誉な事です。宗教的価値感を衰退させない為にも沢山の方に見て頂きたい。有形の舟だけではなく御先祖様を敬い信仰心によってこれまで継承しているので絶やすことなくお題目と共に護っていきたい」と話している。
2024年12月9日号
熊本 菊池恵楓園物故者慰霊法要
【熊本】令和6年12月9日に熊本県合志市、国立ハンセン病療養所菊池恵柳園内やすらぎ総合会館にて菊池恵楓園物故者慰霊法要が営まれた。濵田義正熊本県宗務所長を導師に式衆に宗務所職員と7名で法要が行われた。
法要には宗務院伝道部より伝道部長長谷川上人と書記の橋本上人、熊本県宗会議員の塩田上人、肥後本妙寺住職池上上人、入園者4名並びに施設職員が参加した。
閉式の後、恵楓園敷地内にある納骨堂に移動し自我偈を一読したのち法華堂跡地や施設火葬所跡地、昭和4年に作られた入所者の逃走防止用のコンクリート壁を見学し、歴史資料館を訪れた。
法要後、日蓮宗宗務院長谷川伝道部長は「こちらでお参りさせていだだき誠にありがたかったです。我々は色々なことがございますが過ぎ去ってしまったことには素直にごめんなさいと謝り、そして現在、今ここに生きていることに対してはありがとうと、そして未来においては安らかに過ごせますようによろしくお願いしますという気持ちが大事だと思います。日蓮宗は今、いのちに合掌という生きとし生きるものすべてに感謝のきもちをもって活動しております。お釈迦様、日蓮上人が私たちをつないで下さっている御縁を大事にして一つ一つの命に感謝しながら暮らしていきたいということをあらためて感じさせていただきましたと。」とご挨拶された。
菊池恵楓園は明治42年に九州7県のハンセン病療養所として現在地に開設された施設であり昭和16年に国立療養所菊池恵楓園と改称され、現在118名の入圓者が生活している。
2024年10月27日号
熊本 芦北町實照寺で豪雨災害復興・落慶法要
【熊本】令和2年7月豪雨災害にて全壊した熊本県芦北町實照寺(塩田義道住職)で、本堂、庫裏、仁王門等すべての工事、仏具等修復が終わり、10月27日めでたく落慶法要が営まれた。
この日は好天に恵まれ、管内法縁、組寺会寺院、檀信徒約80名が新たな門出を祝った。
4年前の7月4日朝、前日から降り続いた雨により突然本堂裏山が轟音と共に崩れた。本堂はそのまま土砂にのまれてあっという間につぶれていたという。
塩田住職、御寺族は九死に一生を得たが、かろうじて建物は無事であった本堂隣の庫裏も浸水、あたりを見渡せば町中が被害にあっていた。
しかしながらすぐに管内寺院、工事ボランティアが入り作業が始まる。仏像は修復こそ必要なものの、奇跡的にすべてが土砂から回収できた。
被災後は、庫裏に仏像を移し、できる限りの年中行事法要は継続し、檀信徒もお参りを続けながら同時に本堂・庫裏の再建が始まった。
その後、最初に庫裏、そして本堂、周辺整備、最後に仁王門完成と、新しくなったお寺が町に戻ってきたのである。
祝辞にて濵田宗務所長から「この日を迎えるまでさぞかし大変であったと思う。しかし、わずか4年という短期間での復興は日蓮宗にとっても見本となる」と語った。
最後に塩田住職は復興までの経緯を語り、
「これだけ早く復興事業が進められたのも、宗門関係御寺院、組寺会、青年会、工事ボランティア、関係する業者の皆様、檀信徒の皆様のご協力のお陰です。仏像もすべてが戻ってきました。これからはまたたくさんの方にお参りしていただきたい」と謝辞を述べた。