全国の通信記事
2022年6月23日号
神奈川1 沖縄慰霊供養
【神奈川1】神奈川県第一部日蓮宗青年会(倉多亮延会長)は、6月23日沖縄慰霊の日に合わせ沖縄慰霊供養を行った。
沖縄本土復帰50周年の節目の年となる本年は、沖縄現地で慰霊行脚、神奈川で慰霊法要を二つのグループに分けて行った。
現地では有志会員が参加。唱題行脚後、琉球山法華経寺(日沢是良住職)で慰霊法要を行った。
神奈川では、上行寺(倉多亮修住職)本堂で倉多会長と有志会員で、沖縄戦戦没者慰霊法要を行った。法要では、現地で行脚をしている会員と同様に、戦没者慰霊と世界平和への祈りをこめ、多くのお題目をお唱え、正午に「黙とう」をささげた。
法要後、倉多会長は、「遠く離れた地で供養できることも大切であると発見した」と挨拶をした。
2022年6月20日号
神奈川2 檀信徒協議会総会
【神奈川2】6月20日午後2時30分より、「令和4年度檀信徒協議会総会」が横須賀市・大明寺(楠山泰道宗務所長)に於いて開催され、オンラインも含め40名が出席した。
楠山泰道宗務所長と岩瀬厚会長の挨拶の後、会長を議長とし、令和3年度事業報告と収支決算及び会計監査報告、令和4年度事業計画案と収支予算案について協議し原案通り承認された。
総会後に桂歌助師匠による降誕800年創作落語「江ノ島弁財天と龍ノ口」を鑑賞した。
2022年6月19日号
神奈川3 平塚市隆盛寺で萩原是正上人本葬儀
【神奈川3】六月十九日(日)、平塚市隆盛寺で第三十三世、萩原是正上人の本葬儀が営まれた。萩原上人は昨年七月二十七日遷化。世寿九十五歳。法号は本覚院日淳上人。二百名程度の僧侶・檀信徒が参列した。
萩原上人は「深草元政上人への敬慕の念」に突き動かされた生涯を送られた。深草元政上人とは江戸時代前期の漢詩人であり、詩壇で「西の元政、東の芭蕉」と言われるほど著名な宗門僧侶。
萩原上人は福井県越前市の一般家庭に生まれたが、会社員時代に古書店で出会った元政上人の『草山集』へ強く惹かれ、僧侶となるべく身延山久遠寺の門を叩き出家を志した。
以来、久遠寺で九年間勤め、昭和三十四年に平塚隆盛寺へ晋山してから平成三十年まで六十年間住職として務めた。
隆盛寺へ晋山後は、寺観の整備を行い平成二十五年に一級法功賞を受賞。また、出家のきっかけとなった元政上人の遺墨・典籍を収集し平成十五年に宝物殿建立・目録出版。平成二十八年に「深草元政上人墨蹟上下二巻」「元政上人と隆盛寺」刊行。その功績が宗門内で高く評価され、翌年に望月学術賞を受賞した。
法要の導師は世田谷区妙揚寺の住職であり立正大学名誉教授、隆盛寺正干与人の北川前肇師が務め、管内声明師会・組寺の僧侶が出座。式の半ば、日蓮宗管長菅野日彰猊下(代読)・田中恵紳宗務総長(代読)・山﨑浩道宗務所長・横浜安立寺鈴木弘信師から弔辞が読み上げられ、本山妙純寺星日龍猊下の弔辞が奉呈された。
弔辞のなかでは、元政上人の研究に励み、その名を守り立てた萩原上人の功績が口々に称えられ「元政上人研究の第一人者」との声が聞かれた。
さらに、式の終わりには総代の青木三男氏・遺弟の藤井淨成師から謝辞があった。関係者への手厚い労いの言葉が投げかけられ、隆盛寺の益々の発展を担っていく決意が述べられた。
葬儀後、萩原上人の遺骨が厳粛に境内の歴代住職廟所へ納められ、葬送の儀礼は終了となった。