2013年5月31日
安房東部組報恩講
【千葉南】鴨川市の岩高山日蓮寺(熊澤宣英代務住職)で、5月31日に第63回報恩講が執り行われた。報恩講を主催する安房東部組合は、千葉県南部宗務所管内のうち鴨川市内の寺院で構成され、この行事は昭和26年から11ヶ寺の輪番で開催されてきた。
小松原法難750年の正当年にあたる本年の年番の日蓮寺は、法難との縁も深い。文永元(1264)年11月11日の小松原法難で頭部に疵を蒙られた日蓮聖人は、小湊の岩山に身を潜め、谷間の湧水で疵を洗われた。身を隠された洞窟では、読経しながら岩砂を取り、その砂を疵につけると、不思議な効により痛みが消え、出血も止まったと言う。聖人が疵を洗われた湧水は「疵洗いの井戸」として、洞窟は「養疵窟」として、日蓮寺の境内に現存し、岩砂は「血止めの霊砂」として参拝者に頒布されている。また、「お市」という老婆が、寒さに疵が痛んではいけないと綿帽子を供養した。11月11日になると日蓮聖人のご尊像に「お綿帽子」を冠せる慣わしの発祥である。
当日は天候にも恵まれ、各寺院の檀信徒およそ180名が208段の石段を登り、日蓮寺に参詣した。午後1時からの報恩法要は、熊澤代務住職を導師に営まれ、各寺院の檀徒代表が険難除けの日蓮聖人に香を手向けた。挨拶に立った熊澤代務住職は、「この報恩講を迎えるに際し、皆さんがお詣りしやすい環境を整えることができた」と、代務住職就任以来すすめてきた境内整備の内容を報告した。小松原法難750年のお詣りも増えているという。正当年に当番に当たった縁に感謝をした。法楽加持に続いて、日蓮宗宗立谷中学寮の太田寛俊副寮監先生による「仏教と信仰」と題した記念講話があった。
明年は、難に殉じた工藤吉隆公の館跡である日澄寺が当番に当たる。