日蓮宗新聞

2016年11月1日号

大本山池上本門寺第735回忌お会式

お会式①第735回忌お会式が日蓮聖人ご入滅の地・東京都大田区池上の大本山池上本門寺(菅野日彰貫首)で10月11日から13日まで行われ、約25万人が参拝した。12日のお逮夜には万灯練供養が行われ、全国から集まった92講中が華やかな万灯のもと纏を振り、お囃子とうちわ太鼓を響かせ、日蓮聖人へ報恩感謝を捧げ池上の町を練り歩いた。

12日の午前には、菅野貫首を導師に宗祖御更衣法要が営まれた。東京都町田市・神奈川県川崎市などの檀信徒を中心に組織される武相御召講が大堂(祖師堂)に奉安される日蓮聖人尊像がお召になられる御衣を献上。読経のなか夏衣から冬衣へのお召し替えが行われた。武相講の参加者は「徳川公から続く栄誉ある伝統を守りたい。後を継いでもらうためにも、ぜひ、法要に参加してお題目のありがたさを感じてほしい」と話した。武相講は毎年の春と秋の2回、祖師像のお召衣を献上している。また今年から七条袈裟も3年毎にお召し替えられることとなり、今回は檀家総代が寄進した。今後は寄進者を募り、着帯された七条袈裟でしつらえたお守りを授与するという。
ご命日の13日朝の臨滅度時法要には、大堂から溢れるほどの僧侶檀信徒が参列した。池上本門寺学監の山口顕辰師が、日蓮聖人にひと目会いたいがために90歳という高齢にも関わらず佐渡から身延山へ3度も訪れた阿仏房の話を紹介。8時頃、静寂のなかご入滅の時を知らせる〝臨滅度時の鐘〟が菅野貫首によって鳴らされると、参列者は阿仏房の敬慕の心に共感を抱きながら頭を垂れ合掌し、日蓮聖人へ報恩感謝を捧げた。唱題では、日蓮聖人の願い「立正安国」へ向けての誓いを新たにしたお題目が堂内に響き渡った。

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綱脇龍妙上人に学ぶ

古来、業病、遺伝病と烙印されてきたハンセン病。1873年にライ菌が発見され伝染病と知られても差別や偏見を強いられてきた明治時代、人間礼拝の精神で患者の救済活動に生涯を捧げた日蓮宗僧侶がいました。
綱脇龍妙上人(1876~1970)が国立療養所に先駆け日本人初の民間救療施設「身延深敬病院」(後の深敬園)を設立したのは明治39年(1906)のことでした。
綱脇師は30歳の時、布教家を志し初参拝した身延山で偶然ハンセン病患者の少年と出会いました。少年は「父が病気で亡くなると姉が温泉場で働きながら、母の入院費と自分の旅費を用意してくれた」と語り「姉に言われお祖師さまに助けてもらえると信じて山形から辿り着きました。しかし住む所は河原しかなく、食べ物もろくに売ってくれません。子どもたちからは嫌われ石を投げられるし…」と泣き叫ぶと地面に大の字になり手足をブルブル震わせました。あまりに衝撃的な姿でした。当時身延山や各本山には多くのハンセン病患者が集まっていました。その夜、綱脇師は御廟所で唱題中に「何とかしてやれや、何とかしてやれや」という日蓮聖人の声を聞きました。その後数日間、その声を聞き続けた綱脇師は、ついにハンセン病患者の救済を決意したのです。
資金のない綱脇師は1日1厘3年で1円8銭を寄付してもらう「十万一厘講」を考案し、浄財勧募のため全国寺院を回りました。趣意書には「空しく異郷の土と化るという悲惨は到底語るに忍びず…」と患者たちの身の上を嘆き、「眼の前で苦しむ人達の救済こそ仏教の慈悲の実践」と訴えました。当時ハンセン病に対する偏見は根強く「ゆすり、たかり」と激しい罵倒を度々受けました。しかし綱脇師の決意は堅く徐々に支援の輪が広がっていきました。身延山久遠寺豊永日良法主から土地使用と建築資材を頂きついに仮病棟一棟を建てる事ができました。法華経常不軽菩薩品第二十に説かれる「我深敬汝等ー我深く汝等を敬う」(誰にも具わる仏性をすべての人に見て、合掌礼拝した常不軽菩薩の言葉)から「身延深敬病院」と名づけ、流浪する13人の患者を収容しました。決意から3ヵ月目のことでした。
深敬園の特徴は「信仰を拠り所とした家族経営」でした。法事部担当の患者が導師となって朝夕5時に勤行を行い、綱脇師は盂蘭盆会・彼岸会・御会式など導師を勤めました。園内の建物には天鼓殿・法喜舎・善悦舎など寺院同様の呼称でした。
10年前、綱脇師の長女美智さんと元入園者(多摩全生園移送)に取材する機会を得ました。印象的だったのは綱脇師の密葬でした。遺言通り入園者により天鼓殿で密葬され、遺体は園内の火葬場で荼毘に付されました。終始入園者の読経が響き、一晩中皆で綱脇師を偲びました。まさに入園者を愛し、入園者に愛された綱脇師の姿でした。
綱脇師は「大変化の時代には不軽色読人間礼拝の日蓮聖人が重要な意義を持つ。人間礼拝の徹底が今後の宗教としての価値を決める。ただ形式的に合掌して人を拝むなどは問題外である」(自伝『いのり』法華倶楽部発行)と綴っています。開園から廃園される平成4年までの87年間に1436人のハンセン病患者が入園した深敬園。今年創立110年、綱脇師47回忌の年を迎えました。深敬院日●上人(綱脇龍妙師)の遺徳を偲び、宗門運動が掲げる「但行礼拝」・「いのちに合掌」の意義を深めたいと思います。
(論説委員・奥田正叡)

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先祖供養をどう理解したらいいのでしょうか?

「先祖供養をどう理解したらいいのでしょうか?」教職についている檀徒からの質問だ。お寺参りに熱心だったお母さんの供養の日だった。「ここはきっちり理詰めで説明して納得してもらわないと後の供養が続かないだろうな」と私は考えた。現代社会は、生きている人間に都合良く合理的であれば良いという方向に流れ、亡くなった人との対話が次第に欠落してくるからだ▼彼は田舎に住み、代を重ねた旧家である。「家族が何代にもわたって同じ家に住む意味は大きいですよ。同じ空間に親がいて子どもがいて、親が死んだ後、子どもが同じ道具を使い四季折々の行事をする。気がついたら自分も親と同じ生き方をしている。死んでしまった人の日常を行っていくことが供養になると私は思います。供養ということは単純に言えばその人を記憶すること。その人が生きていたらするであろう振舞を繰り返すことが最大の供養になると信じます」。一応私の説得は功を奏した▼しかしこの論法が、後継者のいない家や、共同体が持っていた宗教性がなくなった都市部で成り立たないのは承知している。昨日より今日、今日より明日と、新たな刺激を求めて一歩でも前へという時代・環境が、昨日と同じ今日を生きるのが幸せという日常生活への還元力を越えていくからだ▼田舎に住む私は、街に住む檀家や跡取りのいない人に先祖供養をどう説こうかと悩んでいる。(雅)

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新年のご挨拶。

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