鬼面仏心
2024年5月20日号
■恩返し人生の開始
日蓮聖人の「父母に孝養の心ある人びとは、法華経を贈りなさい」という言葉を胸に没後半世紀を過ぎても母の供養を続ける兄妹がいる。50回忌の法要は兄妹が施主になり営まれた。以降の祥月命日には兄が欠かさず供養を続けている▼兄が小学校4年生の時、交通事故で母を亡くした。兄妹は育児を顧みない父と離れ、母方の祖父母に預けられた。交通遺児の会の助成を受けて進学した2人は、後に会社員と養護教諭となった▼現在、妹は小笠原諸島の父島にいる。初任地が小笠原だったため、定年近くになって希望して再び単身赴任した。「恩返しよ。お兄ちゃん」。妹の言葉が兄の胸に残った▼祥月命日の法要後に兄は「このたび定年退職となりました。生きていくことは何かが自分の中に生まれてくるものだと思えるようになりました」と母への感謝も交えて話し始めた。そして「子育ても終えた今、次に何をすべきか、と考えた時に日蓮聖人の言葉(冒頭)が心に響いてきました」と語った。生んでくれた母、育ててくれた祖父母に自分ができること。それを日蓮聖人と妹が教えてくれたという▼続けて「小笠原までは遠いですが、何としても妹に会いにいきます。妹とこれまでのこと、そしてこれからのことを語り合いたい」と目を輝かせた。母、祖父母、そして幼き頃ずっと一緒だった妹への恩返しの人生が始まる。(雅)
2024年5月1日号
■苦を乗り越えて
入学や入社など、新年度を迎えて新たな世界へのスタートを切りひと月が過ぎた。新しい環境に馴染んだ人もあれば、こんなはずではなかったと、気を落とし悩んでいる人もいるかもしれない。「こんな悩み苦しみを背負っているのは自分だけだ」と思っているかもしれないが、でもそれ、あなただけではないですよと申し上げたい▼求めるに叶わず、それが故に悶々とするのは凡夫の常。人類の誕生と共にそんな苦しみを人は経験してきたのだ。お釈迦さまの教えに「八苦」というものがある。愛する人と別れねばならない愛別離苦・逆にいやな人に会わなくてはならない怨憎会苦などがある。そのひとつに「求不得苦」、つまり欲して求めても得ることのできない苦しみがあると説かれている▼目標を定めて進んでいくうちには、障害にぶつかることは必ずある。何もかも順調に行くことはめったにあるものではない。それならば、失敗を怖れるのではなく、必ず失敗する、必ず上手くいかないのだと観念してみてはどうだろうか▼絶望のどん底にあっても、全てを失ったと思っていても、それでもまだそれを考える自分はそこにいる。そしてそれを見守っている仏がいるのだ。法華経に「無量珍宝不求自得」(無量の宝は求めざるに自ずと得る)と説示されている。自分でも気付かないところに自ずと道は開けるのだと信じて欲しい。 (直)