鬼面仏心
2013年9月20日号
2020年、東京オリンピックの開催決定
2020年、東京オリンピックの開催決定のニュースが、歓喜と共に日本中を駆け巡った。56年前、高度経済成長のただ中で開かれた東京オリンピックは、新幹線の開業や高速道路の整備、宿泊施設の建設などで、敗戦から再起したニッポンを広く世界に知らしめた。今回のオリンピックも、インフラ整備の進展や観光客の増加など、長く閉塞状態にある日本経済へのカンフル剤としての効果に期待が寄せられるが、オリンピックの最大の意義は、その素晴らしさを目の当たりにする子どもたちの夢をはぐくむところにあると思う▼オリンピックは世界平和を目的としたスポーツの祭典だが、その前身である古代オリンピック「オリンピア祭典競技」が始まったのは、紀元前9世紀頃とされ、ギリシアを中心にしたヘレニズム文化圏の宗教行事で、全能の神ゼウスをはじめ多くの神々をあがめるための神域における体育や芸術の競技祭だったという。いずれにせよ、人々の幸せのためのスポーツであることは、3000年もの歳月を経てなお変わっていない▼東京招致のプレゼンテーションで佐藤真海選手は、スポーツの力を「新たな夢と笑顔を育む力。希望をもたらす力。人々を結びつける力」と表し、多くの人々の心を掴んだ。震災復興に取り組むニッポン、そして子どもたちの未来に希望の光を与えるオリンピック。七年後が今から楽しみでならない。(奏)

2013年9月10日号
「レモン400円! ブルーハワイ400円!」
「レモン400円! ブルーハワイ400円!」娘の友達と一緒にかき氷屋さんに行った時のこと。カタカナと3桁の数字をすらすら読むお友達に度肝を抜かれた。誕生日も1日しか違わない同じ4歳。聞けば簡単な漢字まで読めるそうだ。さらに大好きな海外のアニメ映画は、なんと英語で観ているという▼「すごい」と同時に抱いた正直な思いは「なぜうちの子はできないの?」だった。娘はようやくひらがなが読めるようになったばかりだというのに。今はまだ小さな「っ」を勉強中だ。他の子と比べちゃいけない。頭では分かっているが、解りきれていないからこそ焦りが生じる。「早くできるようにならないと」▼しかし娘の成長を振り返れば…全然歩けなくて大丈夫かしらと心配した1歳の誕生日、でも数ヵ月後にはテケテケと歩いた。最初なかなか「ママ」と言ってくれずに寂しい思いをしたが、今はママ、ママと煩いほどだ。嫌いな野菜も幼稚園に入園して進んで食べるようになった。焦らなくても一つひとつ彼女なりに成長している。できないことばかりに目が行くのは親のエゴでしかない▼それぞれの発達がある。それぞれの個性がある。仏さまはありのままの君がかけがえのない存在なのだよと言ってくださる。早い遅いがあって当たり前。早いは早いなり、遅いは遅いなり、それで良いのだと。親も親なりに成長しなくては。(蛙)

2013年9月1日号
インドから持ち込んだ法華経の
インドから持ち込んだ法華経の聖地、霊鷲山の土を廃棄処分された時、私の頭に浮かんだのは、米国占領下の沖縄から夏の甲子園に出場した首里高校の野球部員だった。甲子園の土は、高校球児にとって神聖なものだ。植物防疫を理由に沖縄の海に捨てられた土を、球児はどんな思いで見ていたのだろう▼甲子園の土を最初に持ち帰ったのは、昭和22・23年の夏の大会を連覇した小倉高(旧制小倉中)のエース福嶋一雄氏とされる。三連覇のかかる24年の夏。準々決勝で負けた時、無意識にポケットに土を入れた。それを知ったのは長浜審判から届いた一通の速達だった。「甲子園で学んだものは、学校では学べないもの。ポケットの土にそれがすべて詰まっている。それを糧にこれからの人生を生きて欲しい」という内容だった▼野球殿堂入り表彰のため、64年ぶりに甲子園に立った福嶋氏は「甲子園はやっぱりいい。観衆が温かい」というコメントを残した。野球殿堂へと続く人生の原点に立った思いだろう▼日蓮宗教師の原点は僧侶なら誰もが経験する身延の信行道場だろう。23年ぶりに道場の板の間に立ったのは、指導する側であった。そこに立った時、重き責務と再び原点に立った感動に心が震えたものだ。指導に専念すべきであったが、道場生とともに修行している自分を発見して驚いた。身延の土を持って帰ったのはいうまでもない。(雅)
