鬼面仏心
2016年3月20日号
有名な博多の日蓮聖人の銅像さん。その銅像の台座には
有名な博多の日蓮聖人の銅像さん。その銅像の台座には聖人の一代記が彫られている。参拝者はそのレリーフを拝みながら銅像を一周する。レリーフの中で特にピカピカに光っているシーンがある。龍口法難の場面だ。刀を振り上げる武士の前に合掌して座る聖人。お参りの人々は、その尊いお姿を手で撫でるのだ▼首を切られるといった劇的状況を、私たちはつい有り難がってしまう。しかし大事なのは、なぜ聖人が首の座に引かれたのかという理由と、聖人にとってその法難がどんな意味を持つのかということだ▼龍口法難は四大法難中最大の法難だ。同時に聖人にとって特別な意味を持つ。この法難により旃陀羅が子日蓮は、末法救済の地涌の菩薩・本化上行菩薩に生まれ変わったのだ▼5年後に宗門は日蓮聖人降誕800年を迎える。慶讃の諸行事がき企画されている。そして、また宗教者日蓮にとっては、本化上行菩薩に生まれ変わった龍口法難750年が重要な意味を持つ。神奈川県2部宗務所を中心に京浜教区が一丸となり龍口法難750年の慶讃と顕彰に取り組んでいる。とても頼もしい▼今年はブラジルのリオで、そして4年後はいよいよ東京でオリンピックが開催される。オリンピック関係の諸準備が進められ、日本全体を勢いづけている。その東京オリンピックの年が、龍口法難750年だということを忘れないでほしい。(義)
2016年3月10日号
校舎から元気な歌声が聞こえてきた♪ 卒業式の練習だ。
校舎から元気な歌声が聞こえてきた♪ 卒業式の練習だ。春の香りとともにやってきたお別れの季節…柔らかな日差しや、色とりどりの花々は、新しい旅立ちを応援してくれているかのようだ▼さて、お別れと言えば近年、人生の卒業式ともいえる葬儀の形が急激に変わってきた。なかでも、親しい身内で行う「家族葬」の増加は著しい。”アットホームで温かい”という意見もあるが、一抹の淋しさとともに疎外感を感じている人もいる。「お世話になったのに、亡くなったことを知らなくて」と、耳にすることも少なくない。「弔問に行ったら迷惑でしょうか?」こんな質問もよくうける▼故人の遺志や家の事情など様々であるため、一概には言えないが、「いつの間にか亡くなっていた」が当たり前になってしまうことは悲しい気がする。先日の葬儀で喪主さんが仰った。「お焼香の時に驚きました。父はあんな方、こんな方とも知り合いだったのかと。皆さまからお礼の言葉を頂きました。私の知らない父の姿を見た気がします」。葬儀の規模に拘わらず、死を周知し、お別れの場を作ることは重要なことだと思う▼人生最後の卒業式は一生に一度きりしかない。かつて花のアーチを作って先輩を送り出したように、故人の花道は縁のあった皆で用意して差し上げたい。元気に日蓮聖人のもとへ旅立てるように、感謝と激励の気持ちをお題目に込めて。(蛙)
2016年3月1日号
暖冬のせいか、「規格外の出荷できない大根です」と
暖冬のせいか、「規格外の出荷できない大根です」と大きな葉付き青首大根をいただいた。大根は奈良時代の古事記に「おほね(大根)」と記されている。日蓮聖人も「大根は大仏堂の大くぎのごとし。あぢわひは?利天の甘露のごとし(『上野殿御返事』)と述べられている。昔から日本人は大根が大好きである。根の上部はサラダや大根おろしに、中央部はおでんなどの煮物に、硬くて辛みのある先の方は漬物やみそ汁に使う。消化酵素のジアスターゼや、カリウム、ビタミンCも豊富。炒めて美味しい葉には、さらに豊富な栄養素が含まれる。世界で大根の生産量、消費量の9割を日本が占めているのも驚きである。法華経は方便品で一仏乗、寿量品で永遠のいのち、神力品でその働きを説きあかす栄養満点のいのちの教えである。その教えが中心となっている国の割合から考えると、90%を現在の日本が消費している。宗祖以来、先師たちが築きあげてきた法華一乗の教えを消費するばかりで、生産して世界へ広げていない。(広宣流布)法華経は取り扱いが難しい教えである。禅僧の良寛も「口を開けば法華を謗り口を杜づるも法華を謗る・法華云何が讃ぜん(口を開いても閉じても心で法華を悪く云ってしまう。どのように法華経を讃えたら?)」と悩んでいる。答えは「合掌して曰く南無妙法華(ただ合掌して唱えよう南無妙法華)」。ただ法華経・宗祖に信を入れて精進するしかない。(雅)