鬼面仏心
2021年1月20日号
■輝いていますか?
100歳を超えた長寿者の話を聞くというテレビを観た。「大変だったのは?」との質問に、「食べ物がなく子育てに苦労をした戦後の時代」、とそのお婆さんは答えた。「今は幸せですか?」という問いに、満面の笑みを浮かべて大きくうなずいた彼女。さらに「100年生きた人生の中であなたが一番輝いていたのは?」と言う質問に、一瞬考えた彼女の答えは「戦後の苦しい時代を必死に生きていた自分」と答えた▼仏教詩人・坂村真民氏の『六魚庵独語』という詩に「恐ろしいのは平凡、安定、妥協、安価な幸福」という一節がある。引揚者の彼が求めたのは、当時の日本人の誰もが求めた平凡、安定、妥協、幸福という境遇だ。しかしやがて彼はその「平凡、安定、妥協、安価な幸福」という境遇を「恐ろしい」と感じるようになる。その心地よさが詩人としての彼の魂を「腐らせ」、「輝き」を失わせるから▼今は「幸せ」な境遇のお婆さん。しかし人間として「輝いて」いたのは戦後の苦難の時代を生きていた自分だという。「平凡、安定、妥協、安価な幸福」という境遇と、いのちの「輝き」は別のもの。境遇が不幸でも輝いて生きる人、逆に境遇は幸せでも輝かない生き方もある▼幸せな境遇の日本人の多くが不幸なのは、「安易な幸福」で魂を腐らせ「輝き」を失って生きているからなのでは。「心の財」を大事にしたい。(義)
2021年1月1日号
マスクケース
信仰が人生の力となっている人に出会うと、嬉しくなる。内村鑑三が「国の興亡は戦争の勝敗によらず、その民の平素の教養による」と名言を残したが、コロナウイルスとの戦いに明け暮れる日本で、微笑ましい光景に出会った▼先日、日蓮宗から各寺院宛にマスクケースの見本が送られてきた。開いて使えば、2枚の予備マスクが入れられるケース、宗門方針の「但行礼拝」常不軽菩薩品の24文字が印刷されている▼こんな経験をした。今、電車の中でマスクをしていないと、批難の目で見られる。夜遅く、酔いから醒めたであろう男性が、焦ってポケットの中を探っている。見ればマスクをしていない。突き刺さる視線、あわてている男性に、連れの僧侶がサッと紙マスクを差し出したのだ。彼は宗門のマスクケースを持っている。「日蓮宗は良い物を配ってくれた。これを活かすのは、私の役目だ。自分用に1枚、他の人ために1枚を用意している。役立ってよかったよ」。御礼を言いながら降りていく男性に会釈しながら彼はそう言った▼実はその時、私もマスクケースを持っていた。ただ、自分用の2枚という意識が、彼のような迅速な行動につながらなったと反省している▼コロナ禍の時代、社会的距離をとりながら、コロナで苦しむ人びとは元より、医療関係者に手を合わせている常不軽菩薩の姿が浮かんできても不思議ではない。(雅)