鬼面仏心
2021年8月20日号
◆皆ともに
公務員や代議士の不祥事が続く。本来は「公僕」と呼ばれるべき人たちである。それが自己の利益や特定の人の権益を優先した行動を取っていたのだ。許せることではない▼公僕としての存在意義は、公衆のために尽くすということに尽きる。それを犯したのだから、自らその存在を否定したに等しい▼人は独りで生きることはできない。換言すれば、人は社会の一員として、社会とともに生きていくことを求められている。それ故に自分の言動が社会にどう影響するか、また逆に社会の動きが自分にどんな影響を及ぼすものかを、把握していなければならない。極端なことをいえば、社会が崩壊すれば自分の存在も消失してしまうのである。それ故に、自分勝手な行動は許されず、社会のため、他のすべての人のために尽くすことが求められるのである▼つまり自身が存続するためには、他のため社会のために尽くさなければ、自身が消滅してしまうのだ。件の公務員たちの汚職も、国同士が殺戮を繰り返す戦争も、ともに社会を崩壊させる元凶に他ならない▼現実の社会は必ずしもきれいなものではない。しかし法華経では、現実社会の泥沼にこそ清らかな蓮の花を咲かせることができるのだと説く。「汝等皆行菩薩道 当得作仏」と但行礼拝を続けた常不軽菩薩を模範として、互いに他のために尽くす、そんな社会の実現を希求する。(直)