鬼面仏心
2025年6月20日号
■あの人のように
この頃思うのだが、私たちはお経やお題目を読み・唱えているが、血肉としていないのでは、と▼唱題行を全国に伝えた湯川日淳上人。大学院時代の3年間お側でお仕えし、教えを受けた。90歳近い上人が、毎月京都の本山本法寺から東京の道場(現・釈迦本寺)に出向し、信徒のための唱題行を行っていた。90歳を過ぎてなお矍鑠として全国を布教した▼そんな上人なのに、決して偉ぶらず、いつも温厚で慈愛に満ちた優しい笑顔と言葉で人に接し、とくに子どもや若者に「ゲイカ、猊下」と敬愛された。側にいるだけで人を清らかで幸せな気持ちにさせる、そんな上人だった。私もそんな上人に憧れ、出家を決意した1人だ▼読経も唱題行も大事だ。しかしもっと大事なのは、それがその人の血や肉となり、言葉や表情や人柄や行動にすることだ。そこまでいって初めて「唱えた」といえるのでは▼「あなたが地獄に行くなら私も地獄に」と日蓮聖人にいわせたほどの篤信者の四条金吾さん。聖人はその四条さんの「短気」を戒め、「人の振る舞いを」と指導された▼「お題目を唱えるとどうなるのですか」と湯川上人に質問した。すると上人は照れたような笑顔で「私のようになるのだよ」と答えた。「私のようになる」と言えるそんなお坊さんになるためにも、もっともっと唱題行に励まなくてはと思う。(義)




















