2026年3月10日
■末法に生きる
列車がトンネルに入ってしばらくすると速度が落ち、ついに止まった。薄暗い非常用の電灯が車内を照らしている。どうしたのかと思っていると、「停電のために停車しています」とアナウンス▼停電ではどうしようもない。周囲はしんと静まりかえっている。誰もが内心不安に思っているためだろう。やがてまた車内アナウンスが入る。停電の復旧まで待ってくださいという趣旨とともに「停電中はトイレの使用はお控えください」と告げる▼これは衝撃的だった。実はこんな場面を想定して、飲料水と軽い食べ物は必ず持ち歩くようにしていた。3年前の京都府を中心とした大雪による長時間の列車停止を新聞やテレビで見聞きしていたからだ。飲み物と食べるものがあればなんとかなるだろうと考えていたのだ。しかしそれだけでは万全とは言えないことに気づいた。トイレが使えないとなると、どうすればいいのか。我慢にも体力にも限界がある。そこまでは考えもしなかった▼頭では理解していても、身を以て体験しないと気づかないことは多々ある。信仰の世界も同様だ。ただ教理を説くだけでは、末法という過酷な環境に生きる人びとを救うことにはならない。苦悩に満ちたこの現実の世界を、日蓮聖人はご自身の肌で感じ、誰もが生きる喜び・楽しみを享受できる仏国土にするため、一生を捧げられたのである。 (直)




















