オピニオン
2026年1月1日号
「継続」で良い年に
新しい年を迎え、心あらたにスタートする人も多いことでしょう。今年こそは〝この目標を〟〝この経験を〟〝これを達成したい〟とスタートすることと思います。私もその1人なのですが新年の志も月日が経つにつれて薄れていくことのなんと多いことか。夏を迎えるころにはすっかり忘れていることも多々ありました。
信心、信仰もそうかもしれません。苦しいことがあると一生懸命に手を合わせお題目を唱えますが、その苦しみの山を越えたら、あの熱心さはどこへやら。手を合わせるのも忘れてしまう人を何人も見てきました。日蓮聖人は「一時的に燃え上がる心で信心するのではなく、水がいつまでも流れて行くような信心をしなさい」と仰られます。
信心も年の初めの目標もスタートダッシュだけではなく、ゆっくりでもよい、少しずつでもよいと心に留めて実行し日々を過ごしましょう。皆さまにとって良き1年でありますように。(奈良県布教師会長・吉田龍永)

布教方針「いのちに合掌」の実践にむけて
約45億年前、太陽ができた直後、宇宙のチリや岩石が集まり地球ができました。誕生したばかりの地球には、溶けたマグマで激しい火山が噴出し隕石が雨のように落ちていました。42億年前、地球が冷え始めると水蒸気が雨に変わり、大量の水が溜まり海となり、この時期に生命誕生の条件が整いました。
初期の生命は細胞膜の構造をしており、原初の細胞LUCA(ルカ)が生まれました。このLUCAを起源として細胞分裂が繰り返され、今日までさまざまな生命が誕生しました。LUCAは地球上のすべての生物や物質の「共通祖先」、言い換えれば、地球上の生物や物質はすべてLUCA兄弟なのです。(NHK「人体」2025年放送)
最新科学では、地球上の生物は約8百万~1千万種類、解明されているのは僅か2百万種類。そのうち昆虫は百万種類、植物は40万種類、脊椎動物は7万種類。脊椎動物のうち、人類を含む哺乳類はわずか6700種類にすぎません。布教方針の「いのち」とは、森羅万象すべての生命が対象です。計り知れない種類と数の生物や物質を対象にしていることになります。
これらを踏まえて現在、日蓮宗が提唱している布教方針「いのちに合掌」のアクションプランを考えてみたいと思います。
第1に法華経読誦と唱題行で、地球上のすべての生物や森羅万象すべてのいのちに感謝を捧げ、成仏を祈りましょう。法華経では、「森羅万象すべてのいのちは成仏する尊いいのち」(一切衆生皆成仏)が説かれ、日蓮聖人は「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す」(『観心本尊抄』)と示され、すべてのいのちは、法華経・題目によって成仏すると教えています。第2に動物のいのちを守る活動です。ペットは責任を持って最後まで飼いましょう。自分の都合で放棄しないでください。動物虐待を見つけたら注意しましょう。野良猫や野良犬に無責任な餌やりは止めましょう。繁殖の原因になり、動物を苦しめる結果になります。また保護犬、保護猫への支援活動や絶滅危惧種保全に向けた支援活動も重要です。第3に大自然のいのちに感謝し大切にする活動です。節電、節水に協力しましょう。エネルギーを生み出す資源は有限です。ゴミを減らし、プラスチック製品を削減することは、自然環境の保全に繋がります。大自然では無数のいのちが生きています。マイボトルやマイ箸も環境破壊から環境保護に繋がります。食べ残しは、食べ物のいのちを粗末にすることです。無駄のない食事を心がけましょう。第4に人のいのちを大切にする活動です。病気、高齢、貧困、孤立などで苦悩する人に優しく接しましょう。優しく寄り添うことが心の支えとなります。傾聴やカウンセリングを通じて相手に心の安らぎを与えましょう。障害やLGBTQの人たちに対する差別的言動には十分配慮してください。とくに携帯電話の普及によるSNSなどを使ったいわれなき誹謗中傷には、断固反対すべきです。
最後に、自分自身のいのちを大切にするためには「無理をしない」ことです。そして困ったら我慢せず「助けを求める」ことが重要です。知らないうちに自分自身で追い込んでしまう場合があります。時には「明日やればいい」と余裕をもつことも大事です。身近な人のいのちを大切にするには「ありがとう」と感謝の言葉を伝えることが大切です。思いやる言葉が心を和ませます。また「大丈夫?」と心配の声を掛けたり、「一緒だからね」と寄り添う気持を伝えると、安心感を共有できます。
布教方針「いのちに合掌」の実践は、すべての「いのち」に感謝することと、日常的に行う少しの優しさの実践が基本だと思います。 (論説委員・奥田正叡)

■棒さんの話
「去年今年貫く棒の如きもの」。正月を迎えるたびに思い起こす高浜虚子の句だ。この棒の如きものは「いのちのつながり」と私は勝手に解釈している。年は変われど変わらない、そのなかを貫く棒のようなものを意識して、初日の出に手を合わせ「いのちに合掌」している▼60年以上前の小学4、5年生時の日記帳が出てきた。休み中の宿題らしく、最後に先生の講評があった。本文と別に欄を作り、その日の健康状態を書き留めたアイデアが褒められていた。流感(インフルエンザ)で学級閉鎖になり友だちに会えなくなったこと、病気の友だちの心配、交通事故に遭った友だちのこと…感じた不条理に対して「なぜ?」と日記で問いかける私に、先生は「自分もその答えを探しています」と共感してくれたのがうれしかった▼先日、講演する機会があった中学校の校歌が、詩人の谷川俊太郎作詞と知った。自分が納得できないことに問いかけ、それに答えていくことが、生きていくことだと校歌は結ばれている。少年期から貫くべき棒のようなものを感じた▼合掌し祈る機会の多い正月。日蓮聖人の言を新年の言葉としたい。「一身の安堵を思わば、まず四表の静謐を祈るべし(『立正安国論』)」。心から自分自身の安らぎを得たいならば、まず社会全体が平和になるよう祈るべき。これを今年の貫く棒としよう。 (雅)




















