2024年9月10日
■選択と活力
人はさまざまな場面で、楽しんだり悩みながら選択をして生きている。身近なところでは今日の昼ご飯は何にしようかという選択。カレーにするか蕎麦にするか。そんな小さな選択もあれば、なにを指針に生きるかという大きな選択までいろいろだ▼そんな人間の「選択」のメカニズムについて書かれたコロンビア大学のシーナ・アイエンガーさんの『選択の科学』(文藝春秋)を読んだ。同書によると、人間は選択という決定権を行使することで、充実感や生きる気力を得ているのだという。選択を本能的に欲するのは、人間だけでなく他の動物たちにもいえる。選択肢の少ない動物園の動物は、選択肢の多い野生の動物より寿命が短いというのは意外だった。なるほど選択とは生きる活力につながっているのか▼私たち日蓮宗徒は法華経を信奉し、日々お題目を唱えるという選択をした。考えてみれば法華経は生きる活力を涵養する教えであり、選ぶべくして選択されたともいえる▼この選択は、これをもって終着点とするのではない。その選択の先には法華経の教えに基づきどう生きるかという次の選択がある。すべての「いのち」と「いのち」がつながりあい、支え合って生きていることを知ること。そしてすべての「いのち」を敬って、感謝の合掌を捧げていこう。次は「行動としての選択」だ。人生は選択の連続である。(友)




















