2020年1月20日
我慢・偏執の心
希望と期待で迎えた令和元年。しかし振り返れば、実に多くの災害に見舞われた1年だった。被災された人たちの悲しい映像を見るにつけ、天災の前で人間はいかに無力かを痛感させられる。それだけに、令和2年は天下静謐にと祈らずにはいられない▼またこの1年、夫婦親子といった親族、同じ地域や職場の親しい人の間のいさかいや犯罪。加えてあおり運転や通り魔のような犯罪がとても多くなった気がする。天災は無理としても、そんな人による災い、つまり人災はなくしたい▼日蓮聖人は「仏になる道には、我慢・偏執の心なく南無妙法蓮華経と唱えたてまつるべきもの」と『法華初心成仏鈔』に述べている。「仏になる道」はお題目を唱える「唱題」だ。しかし聖人はその「唱題」に「我慢・偏執の心なく」という条件を付けられた。「我慢」とは7つの慢心の1つで、貪り・怒り・愚かに続く4つの根本煩悩の1つ。今風にいうと〝自己チュウ〟な心だ。「偏執」とは偏った執着心。自分の意見や考えに固執し、他を顧みない心だ▼現代は、世界中が我慢と偏執に覆われているように思えてならない。人と人はもちろん、国と国も、それぞれの我慢と偏執で対立し傷つけあうという、実に貧しい心の時代だ。AIや科学の進歩に惑わされず、我慢・偏執の心に気を付け「仏になる道」をしっかりと歩んでほしい。(義)
