2019年12月10日
「見せ消ち」
「見せ消ち」という言葉を歌人の永田和弘さんに教えられた。「見わたせば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」(藤原定家)の歌は、「花ももみじもなかりけり」と打ち消されたことで、かえって花と紅葉が意識に焼き付けられるという。しっかり言い切った否定形の表現にはインパクトがあるということか▼「茹でガエルの法則」という理論がある。これは現実にはあり得ないが、環境の変化に対応することの大切さと難しさを指摘する警句として使われる。2匹のカエルの一方を熱湯に入れ、もう一方は緩やかに熱くなっていく水に入れる。前者は直ちに飛び跳ねて逃げて生存する。後者は水温の上昇を知覚できずに息絶える、というものだ▼人間もまたゆっくりとした環境の変化を受け入れてしまう傾向があり、気づいた時には手遅れになることがある。戦前に日本がたどった歴史がそうだ▼母親にこっぴどく叱られたのは何時のことだったろうか。友人が遊びに来た際、バカにするような言葉を言ったときに、目にいっぱいの涙をためて「何と情けないことを言うのか」と頬を思いっきり抓られた。いつもニコニコと笑い顔の絶えない母親のその時の怒った顔は忘れられない。思えばほめ方も叱り方も心得た母親であった。肯定(ほめ方)も否定(叱り方)も曖昧にしてはいけない。変化に鈍感であってもいけない。(汲)