2020年6月20日
◆赤ちゃんマムシ
小1の児が「マムシに咬まれたー」と叫びながら走ってきたという。すぐ救急車で病院へ搬送。幼いながらマムシを知っていたのが幸いだった▼赤ちゃんマムシで可愛かったからつい手を差し出したのだというが、毒蛇と知りながらなぜ手を出したのだろう▼子どもに限らず私たちはただ見るだけでは納得できず、時にその音を聞き匂いを嗅ぎ、あるいは口に入れて味わい、さらに手で触れて初めてその物を確認し理解した気になる。たとえば白菜を買うとき、見るだけではなくやはり手にとって確かめたくなる▼ところが新型コロナの影響で、今は野菜を手に取ることも憚られる。それどころか施設に入っている老母に、面会することもできないのだと嘆く人がいる状況だ。家族でさえも肩を寄せ、手を取り合う、などということができないのだ。恋人同士が触れあってお互いの温もりを感じ、愛情を培うことなんてできるのかと心配になる▼しかし忘れてならないのは見た物、触れた物も全て最後には心によって認識覚知されるということだ。手で触れることはできなくても心で触れあい確かめあうことはできる▼物の文化から心の文化へと移り変わる、当にその分岐点が今この時ではないだろうか。宗祖は「蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり」と説かれている。今こそ「心の財」を大切に生きたい。(直)