2019年9月1日
イマドキのウマ
旧盆の棚参りが終わった。日本列島を駆け抜けた台風10号のせいで、暑さと湿気に加えて、暴風雨での日程調整など、今年は泣くことが多い盆であった▼その盆参りで気になることがあった。プラスチック製のキュウリの馬とナスの牛を、3軒の檀家で見かけたのだ。少しでも早く精霊が我が家に戻れるように、帰り道はゆっくりと霊山へと、思いを込めて作っていたはずの盆飾りの馬と牛が……ショックであった。違和感を覚えた私は、思わず御供の果物も、本物かどうか触っていた。「この天気でキュウリが全滅しましてね。スーパーで売っていたんですよ」という▼プラスチック製の御供がいつから幅をきかせるようになったのか考えてみた。始まりは造花からだろう。納骨堂などの管理的・場所的制約もあるのだろう。夏の盛りに生花は3日ともたない。墓地に行けば枯れた花の隣で、プラスチックのホオズキがいつまでも赤さを保っているだろう。御供の果物や菓子も精巧なニセ物がある。「これも時代の流れなのか」とガッカリしていると、「お上人、孫から叱られましてね。じいちゃん、牛や馬は一緒に作ろうと約束していたのに…ってね」と檀家さんの一言に救われた▼小林一茶の句「世の中は地獄の上の花見かな」を噛み締めよう。だからこそ「送火や今に我等もあの通り」。お盆のよき伝統を後世に伝えよう。(雅)