2018年8月20日
タクシーに乗ったとき、「お坊さんて大変だね」
タクシーに乗ったとき、「お坊さんて大変だね」と、若い運転手にいきなり言われた。朝早く起きてお経を読んだり掃除をしたり、食事も自分で作り他に寺の仕事もと、何でも自分でやらなくてはならないんだろうと言う▼確かに大変なことである。ただ食事となるとほとんど自分で作らなくなって久しい。それでもいざとなると、学生時代の自炊経験がものをいう▼近頃の若い者は、などと言うつもりはないが、若い僧侶を見ていると食事を作ることとは無縁で生きてきたのではないかと思わせる。無論料理を得意とする人、まがりなりにも包丁を持てる人も少なくはないだろう▼しかし僧侶の修行の場では、賄いさんの手によって食事が供されているのが大方だ。修行の時間が減る、素人が作って食中毒でも起こしたら大変だ等々の理由によって▼思うに、自身を律するのは修行の基本ではないか。食事以外にも、繕い物や掃除、庭木の手入れなど、生活力を問われることは多々ある。先師の築いた寺に入り安穏と暮らすだけならどうでもいいことかもしれないが、布教の最前線、法華経未開の地へ単身で赴くときに、料理人を伴って行くことなどまずありえない▼我が身を律する生活そのものが修行であり、またその姿がそのまま布教であった時代の先師の姿を偲ぶとき、軟弱に生きてきた我が身を自省するとともに、今後の宗門を憂慮する。 (直)