2016年6月10日
「じゃ自分でやってよ」「バカ、俺はできないから、演出家になったんだ」
「じゃ自分でやってよ」「バカ、俺はできないから、演出家になったんだ」。先日亡くなった演出家蜷川幸雄さんは、厳しい稽古に音をあげた役者にこう言い返した▼俳優兼演出家であった蜷川さんが演出家に専念したきっかけは、女優の太地喜和子さんの「蜷川さん、お願い。尊敬できなくなるから俳優やめてちょうだい」の一言だというから驚く。自分を知るとは、自分の心の奥底を見つめ、ダメな面も受け止めてのことなのだろう▼いま「アドラー心理学」が注目されている。過去に原因を求めず、今の目的を考えるというもの。周りから認められなくてもいい、自分の価値は変わらないのだから。何をしてもらいたいかではなく、自分に何ができるかを考える。そこに、より幸せと慶びを感じるという▼お釈迦さまは2千年以上前に、他の人の苦を抜き、楽を与える「菩薩行」を説かれている。繰り返し起こる地震によって、物よりも心の価値を優先するべきだ、自分は何ができるのか、と考える若者たちが増えているようだ。愈々もってそれに応えるべき人材が求められる▼江戸時代末の優陀那院日輝上人が「どうして外に出て教えを広めないのですか」という弟子の問いに、「私の代わりに布教する者たちを育てるのが自分の使命だと思っているのだよ」と語ったという。「自分には何ができるのだろうか」と、問い続けた末にあるものなのだろう。(汲)