2014年4月20日
ある学校でクラス委員を決めるとき
ある学校でクラス委員を決めるとき、現職委員六人が、受験勉強に差し障りがあっては困るから、今度は委員になりたくないと考えた。そこで六人が陰でこっそり示し合わせて別の候補者を推薦したところ、計算通りになった。ところがそれに気付いた人が、これは陰謀だと発言したため、大騒ぎになった▼選挙ともなれば、それぞれ作戦を立てるのは当然だ。それをたった一言「陰謀」という言葉が、冷静に話し合われるべき議論の場を、糾弾の修羅場としてしまったのである。言葉の持つ大きな力を思い知る▼公正を期すべき裁判の中にも冤罪とされ、今見れば首をかしげたくなるような「証拠」が挙げられていることがある。そこには事実をゆがめる言葉の力があり、あるいは大衆に迎合し真実を正面から見ようとしない一部のマスコミなど、いずれも言葉の力の誤用というものが見られる▼正しいものは正しい、間違ったものは間違いだと言わず人の心を迷わせることは、言葉の力の誤った使い方だ。法華経の弘布を志された宗祖の思いも、まさにここにあった。ご自身、讒訴され冤罪に問われ、ご法難に値われても、それよりも正法がゆがめられ邪法がはびこることのほうが重大事だ、仏の真実の教えを身を以て説くことこそがご自身の使命だとされたのである▼何ものにも惑わされない正しい心と眼をもって、宗祖のあとに続きたい。 (直)