オピニオン
2019年12月10日号
「見せ消ち」
「見せ消ち」という言葉を歌人の永田和弘さんに教えられた。「見わたせば花ももみじもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」(藤原定家)の歌は、「花ももみじもなかりけり」と打ち消されたことで、かえって花と紅葉が意識に焼き付けられるという。しっかり言い切った否定形の表現にはインパクトがあるということか▼「茹でガエルの法則」という理論がある。これは現実にはあり得ないが、環境の変化に対応することの大切さと難しさを指摘する警句として使われる。2匹のカエルの一方を熱湯に入れ、もう一方は緩やかに熱くなっていく水に入れる。前者は直ちに飛び跳ねて逃げて生存する。後者は水温の上昇を知覚できずに息絶える、というものだ▼人間もまたゆっくりとした環境の変化を受け入れてしまう傾向があり、気づいた時には手遅れになることがある。戦前に日本がたどった歴史がそうだ▼母親にこっぴどく叱られたのは何時のことだったろうか。友人が遊びに来た際、バカにするような言葉を言ったときに、目にいっぱいの涙をためて「何と情けないことを言うのか」と頬を思いっきり抓られた。いつもニコニコと笑い顔の絶えない母親のその時の怒った顔は忘れられない。思えばほめ方も叱り方も心得た母親であった。肯定(ほめ方)も否定(叱り方)も曖昧にしてはいけない。変化に鈍感であってもいけない。(汲)

心の成長
私たちは毎日何が起こるかを予想しながら生きています。これは少しでも安全で快適な生活を送る上で不可欠なことです。しかし結果ばかりに囚われて一喜一憂しているだけでは心は成長しません。さまざまな出来事には必ず成長するための課題が込められています。それを克服するには事実と向き合い、受け容れるほかありません。日蓮聖人は「苦をば苦とさとり、楽をば楽とひらき、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経とうち唱え居させ給え」とお示しです。すべての出来事は自分自身の成長に必要なことであり、無駄なことは1つもなかったと気付き、仏さまに身を委ねてお題目をお唱えできた時、心の不安は消え大きな安らぎに包まれます。それが受け容れられた証です。現在に至るまでの出来事すべてを必要なことだったと思えば、即ち自分自身を受け容れたことになります。都合の良いことも悪いことも、受け容れられた分だけ私たちは成長するのです。
(愛知県尾張布教師会長・伊藤友秀)

「岡山の日蓮法華」展が好評のうちに閉幕
10月11日から11月10日まで岡山県立博物館で開催されていた令和元年度特別展「岡山の日蓮法華」が閉幕した。期間中1万729人を集め、同館で開催された特別展での日数当たりの来館者数は過去最高という。
同展では、日蓮聖人ご真筆の「大曼荼羅御本尊」2点と『神国王御書』『盂蘭盆御書』2点を含む日蓮宗や他法華系教団の寺宝計110点を公開。岡山と京都の文化の伝播や三備地区における教団の展開がひもとかれる内容として高評価を受けた。また中尾堯立正大学名誉教授によると、ご真筆のご本尊・ご遺文とも岡山での公開は初で、とくに経一丸(後の日像上人)に授与された『玄旨伝法本尊』は「格護する京都大本山妙顯寺の蔵を出たことがないのでは」というほど注目を集めた。
また10月21日には宗門史跡の吉備中央町妙本寺で現地説明会が開かれ、約130人が参加した。県指定重要文化財の本堂では同館学芸員の中田利枝子氏による特別展の解説、重要文化財の番神堂がある境内では平野信行住職による特別拝観や案内が行われた。
中田氏は会期を終え、「岡山における法華系教団の展開や、また当時の中央である京都との密接な関係を表現したことで、地方ならではの展示になったと思う。図録の問い合わせも北海道から九州まで寄せられ関心の高さがうかがえた」と語った。




















