日蓮宗新聞

2011年10月20日号

現宗研が第44回中央教研究会議 社会活動の取り組み方問う

日蓮宗現代宗教研究所(三原正資所長)は9月7、8日に東京・大田区の宗務院で「復興の教化学としての宮澤賢治-『イーハトヴ』の実現に向けて」をテーマに第44回中央教化研究会議を開催し、僧侶130人が参加した。
今回のテーマは宮澤賢治の仏教観にみられる、超宗派性、社会参加といった特徴が東日本大震災で支援などを行う伝統仏教教団の姿に通ずるものであり、これからの仏教の在り方を考える予定のキーポイントとなるとし、日蓮宗僧侶としての社会活動への取り組み方を問うものとして開かれた。
まずはじめに三原所長が「『イーハトヴ』と宮澤賢治」と題して、賢治の生涯や故郷である岩手県盛岡市などを紹介。「イーハトヴ」とは法華経の娑婆即寂光の教えを目指したものであると述べ、また賢治への共感の理由として、法華経が持つ超宗派性、出家・在家・男女を超越した平等性、菩薩行としての社会参加の3点を挙げた。
続いて宗教学者の正木晃氏が登壇し、「宮澤賢治の仏教思想と復興の教化学」について語った。正木氏は賢治の文学を、法華経の教えを取り入れた文底秘沈の文学とし、賢治が法華経を弘めることを自分の使命だと思っていたことは間違いないとした。また代々浄土真宗を宗旨とする家系であった賢治が法華経を信仰した理由に、ありとあらゆるものが霊魂を持ち、存在意義を有すると見なすアミニズム的な感性を持っていた賢治には、それと無縁の浄土真宗ではなく法華経が受け入れやすかったと説明。最後に「牛馬六畜も皆仏なり」と示された日蓮聖人ご遺文の『戒体即身成仏義』を取り上げ、「大震災で国土が傷つくことは私たちの身体が傷つくことであり、すなわち釈迦如来の身体が傷つくこと。それを癒す唯一の方法が法華経信仰であるということをご遺文に読みとることが大切」だと指摘した。

その後、2日に分けて5つの分科会が開かれ、翌日に全体会議として各分科会で出された意見の発表が行われた。その中で、「資格ではなく心のやさしさを基本にしながらも、心理学的なカウンセリング方法を勉強し、心のケアに携わることが必要」と報告されると、岩手県石巻市久円寺住職の谷川海正師が行方不明者がまだいる家族から「復興のために環境は整備されるが、気持ちがついていかない」との声が届いていると述べた。
最後に賢治の弟・清六氏の孫にあたる宮澤和樹氏(林風舎代表取締役=写真円内)が、「宮澤賢治の銀河世界」と題して記念講演し、清六氏から語りつがれている賢治の実像を紹介した。宮澤氏は『雨ニモマケズ』で大事なのは「東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ」から始まる東西南北に「行ッテ」の部分であるとし、「知識を持っていてもただそこに座っているだけではだめなんだ」と賢治の思い、実践を強調した。また「自分たちが何とか良い場所にしたいと思い立っている場所が『イーハトヴ』」であり、「賢治さんにとって森羅万象の全てが崇拝すべき対象であった」と締めくくった。

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2011年10月10日号

お会式法話

娑婆世界で懸命に生きていくことに価値がある
身延山大学学長・東京都修性院住職 浜島 典彦 師

謹んで申し上げます。身延を出発してから、道中は何事もなく武蔵国池上に到着致しました。道中、山あり河ありで、困難な旅でしたが、貴殿の御子弟に守られて無事に池上まで着きました。誠にありがたく悦ばしく思っています。(『波木井殿御報』)
日蓮聖人はお世話になった方、ご恩ある方へ事あるごとに御礼の書を認められていました。配流の地佐渡に到着された時には下総国の有力檀越富木常忍師へ、身延に到着された時は同じ富木師に宛てられているのです。
弘安5年(1282)9月8日身延の山を発ち、常陸国加倉井への湯治を目指す途中、18日池上に着かれました。池上到着の翌日、9ヶ年間庇護していただいた波木井(南部)実長公へ深甚の謝意を表すことから始まる書『波木井殿御報』を綴られているのです。その文中でご自身の容体について触れ、
病気の身ですから、必ず身延に帰山できるかどうかは定めなきことであります。あるいはお会いできないかもしれません。
と臨終をも覚悟されていた様子が窺えるのです。
日蓮聖人の絶筆ともいうべきこのお手紙は残念ながらご自身によるものではありません。六老僧の一人である日興上人が代筆されています。追伸には「病気のため、花押(かおう)を書き添えることができません。誠に申し訳なく思います」とまで記されているのです。
日蓮聖人は午年の貞応元年(1222)2月16日に御降誕され、午年の弘安5年(1282)10月13日に入滅されています。そして末文には
貴殿からお世話いただいた栗鹿毛の馬は大変愛着を覚えますので、いつまでもそばにおきたいと思います。
と身延より池上の地まで、わが身を11日間にわたり乗せてきてくれた馬への思いやりで終わっているのです。
東京大学総長を務めた矢内原忠雄氏は、日蓮聖人の御生涯について次のような表現をしています。
日蓮の公の生涯は立正安国論に始まり、立正安国論に終わる。(『余の尊敬する人物』)矢内原氏は内村鑑三の影響を受けた篤信のクリスチャンでした。鑑三が『代表的日本人』で日蓮聖人を高く評価したように、39歳7月16日の奏進より、池上での最後の講義に至るまで波乱万丈の御生涯は『立正安国論』と共にあるとし、その事績を称えているのです。
それでは矢内原氏が御生涯共にあったと指摘する『立正安国論』には、何が訴えられているのでしょうか。次の2項目がそのキーワードであると私は考えるのです。
1「此土」と「他土」
2「成仏」と「往生」
日蓮聖人は当時の鎌倉の世の混乱はお釈迦さまの御心と違った教えに基づいていることに原因があるとされ、邪な教えを早く改め正しい教えに帰すことが大事であるとされました。
他の世界に往って救われるという教えではなく、四苦八苦が充満するこの娑婆世界(忍土)で一生懸命に生きていくことに価値がある、この世から逃げずに共に生きていこうというお釈迦さまの教えには必ず救いの世界があると示されたのです。
極楽で積む100年間の修行の功徳も、この穢土で積む1日の修行の功徳には及びません。(『報恩抄』)

京の街がお題目で溢れた時代がありました。都の7割が法華となり、21もの日蓮宗本山が甍を競う情況、「町衆文化」が京都に華開きました。
西暦1467年から11年間にわたっての戦乱、応仁の乱により京都の町は荒廃のどん底にありました。廃墟となった街の惨状を見た京の人々は絶望の極みにありました。
彼らを奮い立たす教えが東方からやって来たのです。現実から逃避しては駄目だ、この世界を見つめて共に確りと生きていこうと叱咤激励する立正安国の教えが瞬く間に受け容れられていったのです。

今、東北の被災地の方々を励まし、勇気付ける歌が2つあるといいます。その1つが坂本九ちゃんの「上を向いて歩こう」、そしてもう1つが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」だそうです。
「雨ニモマケズ」の中ごろには「東西南北」に行ってさまざまな善行に取り組むことが書かれています。それは余計なお節介といえるかも知れません。しかし、この余計なお節介がとても大切なのです。お節介は他者と共に歩むという法華菩薩道に他ならないのです。
日蓮聖人が御生涯をかけた立正安国の教えが「雨ニモマケズ」という詩となって被災者の方々を励ましているのです。

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2011年10月1日号

被災地の慰霊と復興祈願 悲母観世音菩薩像を寄進

総本山身延山久遠寺ほか後援

山梨県の身延山大学学園(井上瑞雄理事長、浜島典彦学長)は東日本大震災の被災地・岩手県に慰霊・復興祈願のための悲母観世音菩薩像を寄進(後援=総本山身延山久遠寺ほか)することを決めた。これを受けて東日本大震災から6ヵ月を迎えた9月11日、像建立のための鑿入式が久遠寺(内野日総法主)で営まれた。
1万5千人以上の犠牲者を出し、未だ行方不明者が4千人にも上る未曾有の大震災。身延山大学では震災発生当初から、吉田永正客員教授が代表を務めるボランティアグループ・マイトレーヤとともに教職員や学生が復興支援などを行ってきた。像の彫刻を担当する同大学の東洋文化研究所仏像制作修復室の柳本伊左雄教授(写真上)も惨状を目の当たりにし、「まだまだ未来があったはずなのに犠牲となった子どもたちや、子どもをなくした母、悲しみが癒えない被災者・遺族のために何かしなければいけない」と考え、今回の建立計画に至った。
 計画によると像はエゾ松の寄木造で高さは像丈3メートル、台座1メートルの計4メートル。また山梨県内の水晶を扱う業者から犠牲となった人と同じ数の水晶玉を提供したいとの申し出があり、悲母観世音菩薩の慈愛に満ちた眼差しの先にある台座に散りばめられる。震災一周忌に岩手県で荒彫りの状態で立ち上げ式を営み、再び研究所で仕上げ彫りと極彩色などが施され、三回忌に開眼供養を行う予定にしている。
鑿入式は岩手県宗務所の吉家本浄副長が参列する中執り行われ、井上理事長(=久遠寺総務)が導師を務めた。力強い修法の後、井上理事長、浜島学長、吉家副長、吉田客員教授、柳本教授が順番に鑿入れを行い、鑿を打つ独特の響きが本堂に響きわたった。式後、井上理事長は「悲母観世音菩薩像が慰霊と復興のシンボルとなることを願ってやみません」と挨拶し、浜島学長が謝辞を述べた。
 また建立地の選定について吉家副長は「被災地では流されてきた地蔵を施設などの前に安置し、慰霊や手を合わせることで人びとに安らぎを与えている。像を迎えた時には、誰もが通りがかりに手を合わせられるような環境を整えたい」と語っている。
身延山大学学園では今後、宮城県と福島県にも慰霊のため、像の寄進を予定している。

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新年のご挨拶。

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