お知らせ
2019年12月11日
教誌「正法」お正月号(160号)販売&電子版配信開始
教誌「正法」2020年お正月号(160号)の販売と電子版配信を開始しました。
好評の日蓮聖人のご生涯をたどるシリーズは第10弾「熱原法難と日蓮聖人御入滅」。熱原法難の舞台となる駿河国は鎌倉幕府を実質的に支配する北条得宗領で、聖人と幕府の関係性から法難の原因に迫る。また、ご入滅後の葬送についての記述にも聖人を疎ましく思う当時の幕府の姿が見えてくる。
「口福のおやつ」ではヘルシーな山イモ入りのチョコレートケーキのレシピが紹介される。年末年始の休暇にケーキ作りに挑戦してみてはどうだろうか。人気コラムの「ゆったり門前めぐり」は佐野湛要師が担当する最終回となる。今回の訪問先は富士市妙延寺。戦国時代、甲斐・武田氏、駿河・今川氏・相模・北条氏の三国同盟が締結され
た善得寺跡地に建つのが同寺で、境内には髙橋堯慧住職が丹精する数百種の花が咲く。「私の信仰体験」は東京南部と大阪市の通信員が担当。東西の篤信檀信徒の信仰生活がいきいきと描かれる。(日蓮宗新聞社発行。定価350円)
■電子版配信希望の方
ご登録は、教誌「正法」定期購読者の方が対象となります。電子版配信ご希望の場合は、この機会に正法定期購読の有無をご確認の上、ご登録いただきますようお願い申し上げます。
教誌「正法」電子版配信につきましては、専用のお申し込みフォームにて承ります。
※要購読者コード
◆申し込みフォームはこちら>>
また、ご不明な点等ございましたら、専用のお問い合わせフォームよりお寄せください。
◆お問い合わせフォームはこちら>>
2019年12月10日号
インド洋津波15周年慰霊法要
「祈りは続く」高齢化で最後の式典に総長誓う
2004年に発生し、約22万人の犠牲を出したスマトラ沖地震から15年を迎え、タイ・プーケット島カマラビーチの慰霊之碑で、「世界津波の日」にあたる11月5日に中川法政宗務総長を導師にインド洋津波犠牲者の慰霊祭(主催=NPO法人プラジャ)が営まれた。同慰霊祭の法要は、発生翌年にタイ政府から全日本仏教会(当時の会長=藤井日光日蓮宗管長)に要請があり、毎年日蓮宗が続けてきたが、遺族の高齢化などの理由により最後となった。
当日は、日本人遺族をはじめ、プーケット県カトウー郡のソムパート・パプソンカーム郡長や世界仏教徒連盟(WFB)のパロップ・タイアリー事務総長ら約100人が参列した。妹夫婦を失った遺族の1人は「15年の月日が過ぎても、何も慰めにもなっていません」と悲痛な思いを語った。また弟家族5人が犠牲になった遺族の1人も「2年前に亡くなった父もこうして皆さんで慰霊をしていただき、喜んでいると思います。今回が最後となり寂しいですが、今まで本当にありがたく思っています」と述べ、今後も遺された家族で法要を営み、忘れないと心に決めていた。黙祷が捧げられた後、菅家弘道プラジャ理事長が挨拶に立ち、今まで法要を勤めてきた日蓮宗に謝意を表し、「最終の慰霊祭に皆さまと悲しみを共有したいと思います」と述べた。またソムパート郡長は「自然災害を避けることはできませんが、大事なのは手を取り合い、防災意識を高めること」と語り、パロップ事務総長は「数え切れない命が津波で失われ、惨状を目の当たりにしました。しかしその危機のなかで、国・人種・文化関係なく手を差し伸べてくれる人がいました。仏教徒として無常を教わりますが、一方で滅と生とどのように向かいあっていくべきか、智慧と安らぎのなかで学ぶ必要性を知りました」と追悼の辞で語るとともに改めて法要を続けてきた日蓮宗などに感謝を伝えた。
参列者の想いを聞き届けた中川総長が、碑の前に座し法要が開始。参列者が供華するなか唱えられた妙法蓮華経とお題目は、犠牲者を慰めるべく波のなかに溶けていった。
夕食会では、中川総長が「家族や大事な人を失った悲しみが癒えることはないでしょう。今日で式典は終わりとなりますが、私たちの祈りは続きます。だから安心してほしい」と言葉を掛け、遺族や島民らに寄り添った。またWFBから日蓮宗へ、今まで勤めてきた法要への感謝状が贈られた。

お題目に自他彼此の心なし ―異体同心からノーサイドへ―
今年の大きな話題の1つとして、ラグビーの第9回ワールドカップ大会が挙げられるだろう。アジアでの初めての開催となったこの大会。正直な話、私はそれほどの興味も抱かなければ期待もしていなかった。
ラグビーは、野球やサッカーに較べれば、日本での人気は、それほど高くはない。その理由は、怪我する危険性の高い球技と思われているからではないだろうか。事実、その試合は球技と言うより、肉弾戦のように見える激しいもの。とてもスマートとは言えない気がする。ところが、観る度に興奮度がエスカレートするのがラグビーなのである。
この大会に参加した日本のチームは、ベスト8に入ることを目標に掲げ、見事にその目標を達成し、日本中を歓ばせた。これによって一挙にラグビー熱が全国に湧き起こっている。今や子どもたちでさえ、あの変てこな楕円のボールを手にして喜々として遊んでいるのだ。いやはや人気というのは楕円のボールのごとく、どこへ、どのようにして飛ぶかは分からないものだなと驚かされる。
いや、それ以上に驚かされたのは、日本チームを構成しているメンバーたちのこと。熱心なラグビーファンは別としても、一般の人なら、このメンバーを目にした時、これが本当に日本のチームなのだろうかと目を疑ったに違いない。国境や人種を超えて国際化が進んでいる現代とはいえ、これほど多種多様のメンバーを擁するスポーツ、競技は他にはないのではないかと思わされた。しかしながら、テレビで試合を観ているうちに、彼らこそはこれからの日本の歴史を創造するパワーの象徴ではないかと考えさせられるようになった。
そんな中でも、ニュージーランド出身のリーチ・マイケル選手の活躍は特筆に値する。主将という立場を任された彼は、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」というラグビーの基本精神を本にチームを統率し、ワンチームという生き方を披露してくれた。これを宗祖の言葉に置き換えるならば、異体同心と表現していいのではないだろうか。
彼は、「お世話になった日本に、なんとしても恩返しがしたい」とみんなをまとめ、彼らは心を1つにして、試合開始に際しては、「君が代」を斉唱してくれたのである。そして試合が終われば、ノーサイドとの言葉どおり、敵、味方を越えて、お互いが抱き合い、健闘を称えあっていた。これは参加国すべてに共通するマナーのようだが、粗野どころか、紳士的な態度を身につけている選手たちには、畏敬の念さえ感じさせられた。洋の東西を問わず、ナショナリズムとグローバリズムがぶつかり合い、国際関係が緊迫しているこの時代、政治の世界にあっても、このようなフェアープレーの精神を持ってほしい。
ノーサイドとは反対の意味で仏教には、我他彼此見という言葉がある。自分と他人とを区別する見解という意味だが、自他不二というのは、その区別を超えた絶対平等の境地を指す。仏の悟りの世界と言っていいだろう。死力を尽くしてプレーした選手たちには、そんな心の世界が広がっていたのではなかろうか。
お題目の信仰は、怨親平等利益を本分とする。開経偈の、「もしは信、もしは謗、共に仏道を成ぜん」という言葉を噛み締めてほしい。
敵も味方もなく、誰もが一丸となってトライする。ラグビーに学んだ信仰の道ではあった。
(論説委員・中村潤一)




















