論説

2015年12月20日号

安保関連法案成立、原発一部再稼働~転機に立つ日本~

平成27年も間もなく終わろうとしている。今年は、日本が新たな方向に舵を切った年であった。
集団的自衛権の行使を認める安保関連法案が、9月に国会で成立した。
この法案は、多くの憲法学者から違憲との指摘を受け、反対運動も激しく国会も混乱した。
従来、日本政府は自衛隊の海外での武力行使は認めず、「専守防衛」の方向を取ってきた。しかし、中東問題・中国の海洋進出など緊迫した状況の中で、集団的自衛権が行使できることに方向を転換したのである。
武力行使については、日本の存立が脅かされて、他に手段がない場合に限り必要最小限行使できる、との限定がある。「存立の危機」とはどういう状況を言うのか、曖昧さが残る法案であり、今後戦争に巻き込まれないよう厳しく国民が監視する必要があろう。
8月、九州電力川内 原発1号機が再稼働を始めた。これを機に他の電力会社も、再稼働のための動きを見せている。
福島第1発電所を初めとして、停止している日本の原発は50を超える。世界をみると、ドイツではメルケル政権のもと、脱原発に踏み切ったという。
日本の原子力発電所は、都市から離れた村部にあり、電力会社はその地域に資金援助を与え、地域振興を助けている。更に、人々に働く場を提供している。そのため関係自治体は、原子炉再稼働に賛成することになるようだ。
放射能汚染物質の最終処理場が決定しない中で、増え続ける汚染物質を今後どうするのか。運転を中止し、撤去するにしても、莫大な費用がかかる。地球温暖化の問題を解決しながら、増大するエネルギー消費に対応する方法があるのか、先が全く見えない。我々は底なし沼に踏み込んでいるのではないか。
10月、環太平洋経済連携協定(TPP)が大筋合意にたどり着いた。環太平洋12ヵ国が、関税を撤廃し、ものやサービスの流通が活発な新経済圏を作ろうとしたのである。
関税の順次撤廃をはかることばかりでなく、金融・投資・環境に関する新しいルール作りも目的であるという。日本は米・麦・牛・豚・乳製品・砂糖の5品目を守り、農業が打撃を受けないよう交渉を進めてきた。
しかし、いずれ日本の農業・牧畜業などは、老齢化による農業人口の減少等もあって、米国・豪州の安い農産物・畜産品に押される大きな影響が出ることは必至であろう。
9月の末、ドイツのフォルクスワーゲンのディーゼル車が、米国環境保護局から、排ガス規制を不正にクリアしていると指摘された。。排ガス浄化性能を、試験の時だけ基準値を満たし、実走すると規制値を大幅に超えてしまうことが分かったのである。企業ぐるみの不正は、世界に衝撃をあたえた。
国内では、旭化成建材と親会社旭化成が、建築の基礎固定のために打ち込む杭のデータを、偽装していたことがわかった。固い地盤まで打ち込み、上の建物の重量を支えなければならない杭の長さが足りず、ビルが傾く結果になったのである。これをきっかけに、他社の偽装も明らかになった。
これは現場責任者個人の問題ではなく、会社ぐるみ、企業ぐるみの責任問題であると批判された。企業倫理が問われる不祥事が続いた。
11月、シリアの内戦をきっかけに、IS(イスラム国)が台頭、パリの同時多発テロ事件が起こり、市民が多数命を落とした。
フランスがISの支配地域を爆撃したことに対する報復としてのテロ事件であった。事件後、オランド首相は非常事態宣言を発令、軍や警察を多数動員して、テロ組織の捜索や、再発防止に当たっている。
混迷を極める世にあって、日蓮宗では安穏な社会づくりを目指す宗門運動「立正安国・お題目結縁運動」を展開中である。法華経弘通による仏国土顕現を我が使命と肝に銘じ、来る新年を迎えたいものである。
(論説委員・丸茂湛祥)

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2015年12月10日号

スカッとする話

『下町ロケット』というテレビ番組があります。中小企業が、元請けの大企業に対し、自らの主張を貫くという話です。「下請けの分際で何を言うか」という上から目線の大企業に対し、高い技術力を持つ中小企業が、一致団結して対抗し、大企業を圧倒していく姿は、多くの人の共感を得ています。また一年前には、『半沢直樹』というドラマが人気を集めましたが、こちらは上司の不正によって陥れられた主人公が、仲間とともに、その不正を暴いていくという内容です。この時主人公が言った「やられたらやり返す、倍返しだ!」という言葉は流行語となりました。これらのテレビドラマは、『水戸黄門』のドラマの最後で、ご老公水戸光圀のお付きの助さん格さんが「このお方をどなたと心得る。恐れ多くも先の副将軍・水戸光圀公なるぞ。ご老公の御前である。頭が高い、控え居ろう」と言うと悪人たちがひれ伏すという勧善懲悪の話の流れにあるように見えます。いつの時代でも、善人が耐えに耐えて、強い悪人を倒すというドラマは人気があります。ネットでも、『スカッとする話』というサイトがあります。ここでも悪い人間に罰があたるという実話が人を惹きつけています。
現実の世界では、善いことをしても必ずしも、それが社会的に報われるとは限りません。理不尽なことの方が多いかもしれません。悪いことをして金儲けをした人が、逃げてしまったり、だまされてお金を取られた人にお金が戻ってこないなど、納得のいかない事件が多く見られます。責任を取るべき人が責任を取らず、他人に責任を押し付けたり、責任の所在をうやむやにして逃げようとする人もいます。そのように責任を取らない現実社会に対して、ドラマの中の勧善懲悪に多くの人が惹かれるのでしょう。
ただし、最近逃げられなくなってきた世界があります。ネットの世界です。先日、いじめを苦に自殺した少年にいじめを繰り返していた少年たちがネットの中で、顔写真・氏名だけでなく、住所・家族構成から通学する学校の名前まですべて、晒されて袋叩きの状態になっていました。また、コンビニで店員に言いがかりをつけ、土下座をさせた男が、ネットの中の犯人捜しで、氏名・住所・会社名までネット上に曝され、逃げきれないと思い、怖くなって警察に自首してきたという事件も以前にありました。これはネットの世界で、勧善懲悪が極端な形で現れたものでしょう。しかし、このように問題となった人間が罰を受ければ、問題が解決するのでしょうか。
悪いことをした人間は、社会的に罰せられなければなりません。それによって、社会の秩序が保たれ、人間が人間らしい生活を送ることができるからです。しかし仏教は、罰することが人を救うとは考えていません。「自分が自分に対して、いかに納得するか」が重要であると考えるのが、仏教者としてのものの見方と言えます。犯罪の被害者やその家族は、犯人が罰せられるだけでは問題が解決したとは思っていません。自分をどのように納得させるかで悩んでいます。犯人を見つけて罰するだけでは、被害者は救われません。
人生は修行であり、体験することすべてが自分の修行となります。被害者に、自らのつらい体験を、自分の人生において、どのような意味を持つと考えるように相談に乗るのかが、私たち仏教者がとるべき対応であり、罰するだけで終わったという世間にも、そこをわかってもらうよう教化努力していくべきではないでしょうか。

(論説委員・松井大英)

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2015年12月1日号

児童虐待8万9千件という現実に目を向けよう 

厚労省は全国の児童相談所(児相)が2014年に対応した児童虐待の件数を発表した。それによると統計を取り始めた1990年度から24年連続で過去最多を更新したという。
実際ここ数年間の推移をみると平成24年度は6万6千件、平成25年度は7万3千件、そして平成26年度は8万8931件で、前年度から1万5千件も増加している。
この急激な増加の背景には、社会的な関心の高まりによる通報の増加のほか、虐待された子どもだけでなく、その場面を目撃したきょうだいも「心理的虐待」として対応するように自治体に通知したことも要因としてあげられる。また子どもの前で親が配偶者に対して暴行するという「面前DV」も、心理的虐待として警察から通告されるケースも増加しているという。
この虐待問題の背景を考える時、その家庭と養育を担う母親について留意しておかねばならない点がある。それは、虐待する親は不安定な精神状態にあり、特に母親が加害者となることが最も多いことである。
なかでも「経済的な困難」、あるいは「ひとり親家庭」などの要因は、母親の心身を不安定な状態へと向かわせることとなる。また「夫婦間の不和」もその要因となるが、そこにDV(配偶者間暴力)も加われば虐待の発生の可能性はより高まることになろう。
さまざまな背景と経過のなかで母親のこころは疲弊し「育児疲れ」が生じるが、一方では自身の弱さや困難を他人には見せたくないという心理も働き、結果的に親族や近隣の人たちからも孤立し、子どもに対して適切な養育ができなくなってしまうことも多い。
もちろん、このような虐待の増加に対して児相も手をこまねいているばかりではない。早期の対応を考え、7月には24時間つながる全国共通ダイアル「189」を設置した。この「189」は「いち早く!」と読める。つまり真っ先にこのダイアルを回してほしいとの思いが伝わってくる。しかしながら増加し続ける虐待に対して、児相だけの対応だけでは限界があることも事実である。
虐待に走る母親には、自身の成育史のなかで母親から愛情を持って育てられていなかった、また家族から「躾」と称して虐待を受けて育ってきた過去を持つ人も少なくない。この暴力で躾をするという「体罰肯定観」を持つ親は、今日でも少なからず、依然として存在していることも否定できない。
このような体験を持つ親たちは、自身が親になった時、自分の子どもを愛せない、自分が受けたように子どもをたたいてしまう傾向がみられるのである。
これがまさに「負の連鎖」といわれるものである。
この異常事態のなか、私たちはまず「関心」を持つことから始めなければならない。これは他者に思いを巡らすこころを持つことであり、その反対が「無関心」である。現代社会は無関心社会ともいわれ、周囲との人間関係を好まない人も多いが、それは都市部においてはより顕著な傾向として表れている。このような無関心社会では、子どもの虐待問題に歯止めをかけることは難しい。
母親たちへの行政の支援は急務ではあるが、一方では、身近に子育ての苦しさや不安を受け止めてくれる人の存在がなによりも大きな力となるのである。
今、私たちは法華経に示される「慈眼視衆生」の如く、慈しみの眼を持って母と子を見守り、そして、虐待の負の連鎖を断ち切っていかねばならない。
(論説委員・渡部公容)

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